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雪解けの春

5.必殺技

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「……フィリップだってさぁ、中等部の頃に考えてた必殺技の名前なんて知られたくないだろう?」
「はあぁっ!? 当たり前、というか! その話は今はこれっぽっちも関係ないだろうが!」
「いやー俺は今でも言えるけど?」
「なんで覚えてんだ、今すぐ忘れろ!」
「閃光ソニッ、」「っああああ!?」

──バタバタドタンッ。

 勢いのまま飛び付いたフィリップが慌ててレオの口を押さえつける。その重みに耐えきれず、二人してソファーに雪崩込んでしまった。

「いった、ぁ……」

 レオが文句を言おうと顔を上げると、すぐそこにフィリップの顔があった。一瞬だけ全機能が止まったような感覚に襲われる。いや、実際に動きがピタリと止まってしまったわけだが。

 レオの口を押さえていた手が退かされて、十数センチの距離が保たれる。もしも彼等が恋人であれば、そういう雰囲気になる体勢だが二人は恋人ではない。フィリップは眉尻を吊り上げてレオを睨みつけていた。

「レオ……お前!」
「えー、そんなに怒らなくてもよくないか?」
「次言ったら殴って止めるからな!?」
「いやぁそれは怖い。はいはい、もう言わないから退いてくれ」

 重なる体に触れ、両手を使って押し上げようとするが、フィリップは微動だにもしなかった。

 思わず「えっ?」と口から言葉が漏れ、見上げる。真剣な顔をしたフィリップが見つめていて、息が止まった。勝手に動き出した心臓が邪魔をしていつもの軽口が喉に詰まる。陰る顔を見上げたままそっと息を呑んだ。

「白状する気はないんだな」

 口を開きかけて、紡ぐ。必殺技のこと?なんて言えるような雰囲気にはしてくれそうにもなかった。痛い程の視線に、身動きを封じられる。視線を逸らすことさえも。

 相変わらず、レオはフィリップの瞳が苦手だ。

「……ないよ」
「そうか」

 そう言うと、フィリップはあっさりとレオの上から退き、レオの手を引いて体を起こさせた。引っ張られるままソファーに座る体勢に戻る。結んだ髪を手で軽く梳きながら、執務室のメインデスクの椅子に腰掛けたフィリップを目で追った。

 これで解放してくれるつもりなのだろう。小さく胸を撫で下ろし、もう出て行った方が懸命だとソファーから立ち上がろうとした時、フィリップが口を開いた。

「そのうち、《学院の理事会》が調査に来る。お前も話を聞かれることになるだろうから、それまでにその強情をどうにかしておけよ」
「っは……?」

 目を、見張った。立ち上がりかけたままの体勢で停止し、そして重力のままソファーへと沈んだ。

 学院の理事会。その言葉はレオの指先までを凍りつけていた。

 ぐるぐるとした脳内に悪夢は蘇り、体から熱が霧散していく感覚に襲われる。背中に冷たい汗をかきながら、震えそうな声を無理やり押さえつけ、冷静を装ってわずかな望みにかけた。

「じゃあ、それってさ……フィリップの親父さんが来るってこと、か?」
「ああ。忌々しいことにな」

 レオの希望を切り捨てるような返事を舌打ちと一緒に吐き捨てるように言うと、フィリップは何もない場所を見つめる。
 けれども、レオの視界にはもう何も映っていなかった。

 夢にまで刷り込まれた、故郷が壊されていく記憶。あの日から七年間、一瞬足りとも忘れられない、精神を蝕む悪夢。ああ、あの日、あの時の鮮明な記憶が蘇る。

 両親の死から、村の打ち壊しまで。


 なんの因果か、レオの故郷を取り壊した時の司令官こそが、フィリップの父親であるアゾルフ・フォスターであった。
 体が冷えていくのに、心は燃えていく。
 憎悪のような、悲哀のような、陰惨とでも言うべきか。レオはぎゅっと拳を握り締めた。

「──ォっ、レオ!」
「……あっ、え?悪い、聞いてなかった」
「レオ、お前……何を考えていたんだ」
「……別に? 大した事じゃない。どう説明したらいいもんかって考えてただけさ。君の親父さんも君と同じで頭が固いからな」
「あいつと俺を一緒にするな。虫唾が走る」
「いつもの父親嫌いは健在だな。俺は別に、利用出来るのなら利用した方がいいと思うんだけど」

 故郷を亡くしたあの惨劇の後、レオは魔法の才能を買われ、学費免除生としてこの学院に連れてこられた。初めは何故国の為の魔法使いにならなきゃいけないのだと反発していたが、馬鹿らしくなって次第にその考え方を変えていった。感情より効率を選ぶべきだと、思うようになってしまったからだ。
 効率を選んだレオに対してフィリップは首を振り、そして呟く。

「あいつの権力など俺の実力ではない。俺は……」

 フィリップの方を向くと、レオと再び目が合う。惹き込まれるほど真っ直ぐで、光に満ちた瞳。いつだってフィリップは眩しかった。

「俺の力で認められなければ意味がない」

 誰よりも努力を怠らないフィリップだと知っているからこそ、レオはその言葉の切実さを知る。

 いつの間にか、手から力が抜け、心には穏やかな波が寄せていた。柔らかく、それでいで自嘲を含んだ笑みが零れる。何を笑っているんだと言われそうだったが、フィリップは何も言わず、そっぽを向いて机に頬杖をついただけだった。照れているようだ。

 彼を見て慈愛と呵責に挟まれるのはいつものこと。レオは冷静さを取り戻し、軽い調子でフィリップに笑いかけた。



「もしや、それって必殺技の後に言う台詞か?」
「んなわけあるか!」


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