『帝国第五王女の結界は、婚約破棄では解けません』

『帝国第五王女の結界は、婚約破棄では解けません』

『帝国第五王女の結界は、婚約破棄では解けません』

冬の庭に、
薄氷のような光が降りていた。

名もなき雑務に指が裂け、
手桶の水に月が沈む。

誰かの家を支えることと、
自分を失うことは、
本当は似ていない。

それでも私は、
「婚約とは祈りだ」と信じていた。

箒を握る夜。
濡れた土の冷たさは、
私の魔力より静かだった。

結界は弱く、
心の灯が揺れるたびに
色を変える。

それでも——
私は家を守ろうとした。

理由はただひとつ。
あなたに恥をかかせたくなかったから。

ある日、
幼馴染の微笑みに
あなたの心が揺れているのを見た。

私は気づかぬふりをした。

愛とは、
沈黙の訓練だと思っていた。

けれど、沈黙は、
祈りでも忠誠でもなく、
自分を消す選択だと
ようやく知った。

魔力コンテストの日、
私の魔力は奪われ、
人前で嘲られた。

あなたの言葉は
刃より鋭かった。

「無能」
たった一言で、
私の世界は音もなく凍りついた。

けれど不思議なことに、
涙は流れなかった。

その瞬間、私は悟った。

—私の結界は、あなたのためにあるべきではなかった。

婚約破棄の宣言。

冬の庭に鐘が鳴り、
群衆のざわめきが波のように押し寄せる。

嗚呼、ようやく終わったのだ。
献身のふりをした従属の季節が。

私は微笑み、
静かに頭を垂れた。

「承りました」

それは敗北ではなく、
**解放の咒（まじない）**だった。

その夜、
私は日記に書いた。

捨てられたのではない
私はやっと、
自分の境界を取り戻したのだ

と。

帝国の門が開き、
父が私を呼んだ。

護衛の軍が雪崩のように広場を埋め、
冷たい空気が頬を切った。

「戻ってこい」

父の声は
雷よりも静かに、
私の氷を溶かした。

あなたは震えていたね。
あれほど強いはずのあなたが、
一人の王女の沈黙に怯えていた。

なぜなら、
婚約破棄が成立しても、
私の結界は解けないからだ。

それは支配ではなく、
記録と真実の力。

誰かを貶めるためではなく、
自分を守るために張ったもの。

公爵家の夜、
私は最後に微笑んだ。

愛は消耗ではない
境界を認め合うことだ

私が消えなければ、
あなたを愛したことは嘘にならない

と。

春が来る。

研究室の窓に
淡い朝日が差し、
結界は再び息を吹き返す。

魔力は体温のように戻り、
私の手は震えない。

もう誰にも奪われない。
もう誰にも従属しない。

私は静かに目を閉じて、祈る。

どうか、あの家にも春が来るように
復讐ではなく、
真実を受け入れる春が

境界は罰ではない
人が人として立つための線なのだと
いつか理解されるように

そして私は思い出す。

帝国第五王女の結界は、
婚約破棄では解けません。

なぜならそれは、
愛の証ではなく、
私自身の尊厳そのものだから。