『家の中の、いちばん遠い場所で』

春秋花壇

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『家の中の、いちばん遠い場所で』

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『家の中の、いちばん遠い場所で』

同じ屋根の下なのに
あなたの足音だけが、遠い。

冷蔵庫の灯りが
真夜中の台所を、白く冷やしていく。
二つ並んだはずの茶碗は、
いまは別々の席で
湯気の行き場をなくしている。

呼べば届く距離なのに
言えば壊れてしまいそうで
わたしたちは、息を呑んで黙り続けた。

沈黙は、壁よりも厚く
ドアの音よりも鋭く
心に落ちていく。

だけど――

雨の夜
あなたが差し出した傘の影に
ほんの少し、春の匂いがした。

停電の暗闇で
初めて聞いたあなたの「……ごめん」に
胸の奥がじん、と温かくなった。

家は、壊れるときも静かだけれど
再び灯るときも、静かだ。

あなたと並んで座る食卓は
決して特別な場所じゃない。
けれど
同じ味噌汁をすくう音が
こんなにも心を撫でるなんて
昔のわたしたちは知らなかった。

家の中の、いちばん遠い場所で
わたしたちは
ゆっくり
ゆっくり
同じ未来へ歩き始めている。

もう一度、
ここから。

――おかえり。

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