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34.守りたいもの①
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私の声はちゃんと届いたようだ。
母は震える手で口元を押さえているが、嗚咽が漏れ聞こえてくる。
『シシリア、私の可愛い子』と惜しみない愛情を注いでくれていた母。
大好きな母にこれ以上ない苦しみを与え、泣かせているのは私だ。
お母様、愛しています。
悲しませることを言って申し訳ありません。
どうぞ心のままに憎んでください…。
もう二度と母に抱きしめてもらえることはないだろう。
…それでいい。
あの日から私のそばに近寄ることなど一度もなかった父がこちらに向かって歩いてくる。
その表情は怒り・憎悪・嫌悪…あらゆる負の感情に満ちている。
こんな父を初めて見た。
どんな時も家族を守ってくれる優しい父だった。
こんな顔をさせたのは私…。
お父様…。
大切なものを守ってください。
それでいいんです、間違ってなどいませんから。
父がこれまで大切に守ってきたもの、それは私と同じもの。
だから今の父の考えていることがよく分かる。
きっと私を見捨てるはずだ。
目の前に立つ父の右手が勢いよく振り下ろされるが、避けることはしなかった。
『バシッ!!!』
叩かれた頬は不思議と痛みを感じない。涙も出てくることはなく『あっはは…』と声を上げて笑ってみせた。
「実の娘だからと情けを掛け、縁を切らずに屋敷においてやったというのに。
愚かな妹?みすぼらしい家族?そうだな、お前にはこの家はふさわしくないのだろう。望み通りゲート伯爵家から除籍してやろう、これからは一人で勝手に生きていくがいい。
この屋敷から三日以内に出て行け!」
父の口から出てきたのは私が欲しかった言葉だった。
これでいい、これで…守れる。
信じていた、解術が済んだらまたやり直せると。
記憶を失うわけではないので大変なことや辛いこともお互いあるだろうけれども、それでも乗り越えられると思っていた。
でもそれは妹の子がいなければの話だ。
術が解けても、その命が消えるわけではない。
『偽りのなかで芽生えたもの』だからと、その子の未来を摘み取る権利は誰にもない。
お腹の子に罪はないし、命の重さに違いなどないのだから。
妹のお腹に宿っているのは守られるべき尊い命。
どんな理由があろうとも犠牲にしていいわけがない。
それに術が解けたら妹はどうなるのか。妊娠している身体でこの真実に耐えられる保証なんてない。
そしてガイアロスは身籠ったら妹を見捨てやしないだろう。私への想いを抱えたまま、言い訳もせずに一生自分自身を責め続けて生きていく。
両親は不幸になるしかない娘達をただ見続けるのか。
『壊れていく大切な家族』
そもそも私が罪を被ったのは大切な家族、愛する婚約者を守りたいから。
そして今は…新しい命も。
壊れていくのが分かっている道を選べない。
いいえ、私は選びたくない。
私が決める、私のために…。
『この偽りを続けていく、解術はしない』と。
元に戻れないのなら私という存在は家族に必要ではない。
だからここから離れよう。
いいえ違う、…自信がないのだ。
幸せな彼らのそばで平静でいられるられるか、壊れないでいられるのか。そして彼らの未来を壊さないでいられるのか…。
離れなくては守れないかもしれないから離れるのだ。
「縁を切っていただき有り難うございます。これで私も自由になれますわ。…では失礼します」
優雅に微笑んで、父と母と妹とガイアロスからの憎悪をしっかりとこの身で受け止める。
これでいいわ。
私は心から愛されていた。
振り返ってはだめ、前へ…。
私は泣かなかった。感情が麻痺していたのではない、心は悲しみで引き裂かれている。
だが今は泣く時間なんてない。
私にはまだやらなくてはいけないことがある。
急いで部屋に戻るとルカディオ・アルガイド宛に『至急会いたい』と手紙を書いた。
マイナス国の文官である彼が私の選択にどんな反応をするか予測できない。
彼は親切だったが、マイナスのために動いていたのも事実。
そしてこの選択がマイナスにとって望ましいものではないのも、また事実だ。
全てをちゃんと終わらせなければならない。
…泣くのはそれからでも遅くはない。
母は震える手で口元を押さえているが、嗚咽が漏れ聞こえてくる。
『シシリア、私の可愛い子』と惜しみない愛情を注いでくれていた母。
大好きな母にこれ以上ない苦しみを与え、泣かせているのは私だ。
お母様、愛しています。
悲しませることを言って申し訳ありません。
どうぞ心のままに憎んでください…。
もう二度と母に抱きしめてもらえることはないだろう。
…それでいい。
あの日から私のそばに近寄ることなど一度もなかった父がこちらに向かって歩いてくる。
その表情は怒り・憎悪・嫌悪…あらゆる負の感情に満ちている。
こんな父を初めて見た。
どんな時も家族を守ってくれる優しい父だった。
こんな顔をさせたのは私…。
お父様…。
大切なものを守ってください。
それでいいんです、間違ってなどいませんから。
父がこれまで大切に守ってきたもの、それは私と同じもの。
だから今の父の考えていることがよく分かる。
きっと私を見捨てるはずだ。
目の前に立つ父の右手が勢いよく振り下ろされるが、避けることはしなかった。
『バシッ!!!』
叩かれた頬は不思議と痛みを感じない。涙も出てくることはなく『あっはは…』と声を上げて笑ってみせた。
「実の娘だからと情けを掛け、縁を切らずに屋敷においてやったというのに。
愚かな妹?みすぼらしい家族?そうだな、お前にはこの家はふさわしくないのだろう。望み通りゲート伯爵家から除籍してやろう、これからは一人で勝手に生きていくがいい。
この屋敷から三日以内に出て行け!」
父の口から出てきたのは私が欲しかった言葉だった。
これでいい、これで…守れる。
信じていた、解術が済んだらまたやり直せると。
記憶を失うわけではないので大変なことや辛いこともお互いあるだろうけれども、それでも乗り越えられると思っていた。
でもそれは妹の子がいなければの話だ。
術が解けても、その命が消えるわけではない。
『偽りのなかで芽生えたもの』だからと、その子の未来を摘み取る権利は誰にもない。
お腹の子に罪はないし、命の重さに違いなどないのだから。
妹のお腹に宿っているのは守られるべき尊い命。
どんな理由があろうとも犠牲にしていいわけがない。
それに術が解けたら妹はどうなるのか。妊娠している身体でこの真実に耐えられる保証なんてない。
そしてガイアロスは身籠ったら妹を見捨てやしないだろう。私への想いを抱えたまま、言い訳もせずに一生自分自身を責め続けて生きていく。
両親は不幸になるしかない娘達をただ見続けるのか。
『壊れていく大切な家族』
そもそも私が罪を被ったのは大切な家族、愛する婚約者を守りたいから。
そして今は…新しい命も。
壊れていくのが分かっている道を選べない。
いいえ、私は選びたくない。
私が決める、私のために…。
『この偽りを続けていく、解術はしない』と。
元に戻れないのなら私という存在は家族に必要ではない。
だからここから離れよう。
いいえ違う、…自信がないのだ。
幸せな彼らのそばで平静でいられるられるか、壊れないでいられるのか。そして彼らの未来を壊さないでいられるのか…。
離れなくては守れないかもしれないから離れるのだ。
「縁を切っていただき有り難うございます。これで私も自由になれますわ。…では失礼します」
優雅に微笑んで、父と母と妹とガイアロスからの憎悪をしっかりとこの身で受け止める。
これでいいわ。
私は心から愛されていた。
振り返ってはだめ、前へ…。
私は泣かなかった。感情が麻痺していたのではない、心は悲しみで引き裂かれている。
だが今は泣く時間なんてない。
私にはまだやらなくてはいけないことがある。
急いで部屋に戻るとルカディオ・アルガイド宛に『至急会いたい』と手紙を書いた。
マイナス国の文官である彼が私の選択にどんな反応をするか予測できない。
彼は親切だったが、マイナスのために動いていたのも事実。
そしてこの選択がマイナスにとって望ましいものではないのも、また事実だ。
全てをちゃんと終わらせなければならない。
…泣くのはそれからでも遅くはない。
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