どうかこの偽りがいつまでも続きますように…

矢野りと

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60.相応しい平穏を…②〜ルカディオ視点〜

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今、彼らは平穏といえる生活を送っている。

理不尽な運命に翻弄されながらも彼ら自身が選び取った未来だと考えれば、それは貴族としての『彼らに相応しい幸せ』だと判断できる。


「殿下、彼らには術の上書きも必要ないという判断でよろしいでしょうか」

ジェイクは確認するように問い掛けてくるが、その声音から彼も『上書きは必要ないと判断している』ことが伝わってくる。

「それで構わない、このまま経過観察を続けるてくれ。彼らの平穏に何かあったらすぐに報告をするように」
「はい、承知しました」

この5年間このやり取りは変わらないままだ。
シシリアとの約束は違えていない。
『彼らが手に入れるに相応しい平穏』は守っている。
それを破るつもりはない、マイナスの文官として約束したことは契約と同じだ。



シシリアと結ばれていたらガイアロスはもっと幸せだったかもしれない…。

だがゲート伯爵の跡継ぎとしての地位を選び、新たな婚約者ルーシーと早々に関係を持ち身籠らせたのも彼が望んだこと。
 
確かにシシリアを憎んだのは術のせいだが、その後のことは誰にも強制はされていない。
彼が自ら選んだ。


だから愛する人シシリアを失った彼に同情はしない。


政略結婚を存続させる努力も、彼の得るべき幸せの中には含まれるべきものだろう。



仕事に私情を挟むことはない。
だがシシリアの元婚約者に変化がないと聞き、心の奥底では安堵している自分もいる。
もし変化があったとしても計画通りに事を進めるだろうが、やはりシシリアのことを考えると、伯爵夫妻と元婚約者にはこのままをと思ってしまう。


そんな事を考えているとジェイクがこちらの様子を窺うように見てくる。

「殿下、引き続きルーシー・ゲートの報告にうつってもよろしいでしょうか?」
「ああ、続けてくれ」

少しだけジェイクの声音が固くなる。
ルーシー・ゲートに関する報告こそが本題だからだ。 

伯爵夫妻と元婚約者はそれなりの幸せを保ち続けている。だから報告内容もこの5年間変わることはない。

だが妹のルーシーの報告だけは違った。
毎回注意深く聞き、どう判断し、どのように今後対応するべき考える必要があるものだったからだ。


「ルーシー・ゲートは緩やかですがやはり術の綻びが進んでおります」

想像していた通りの報告が告げられる。
妹のルーシーには早い段階から術の綻びが魔術師によって確認できていた。解術までには至っていないが、やはり確実に綻びは進んでいるようだ。

「本人は周りに対してどう振る舞っている?」
「侍女として仕えている監視者によると、周囲に対しては良き妻・良き母として振る舞おうと彼女なりに必死に努力しているようですが空回りしてる事が多いようです」
「相変わらずといったところだな…」

ルーシーは幼少期から自分で努力をするよりも周りに頼ることが多かった。
人見知りで大人しい性格の彼女に家族も無理強いはしなかったようだ。
甘やかしていたのも事実だろう。
だがゲート伯爵夫妻とシシリアは、親として姉として常識から逸脱はしていたとは言えない。

ルーシーがいつまでもその環境に浸かっていたの楽だったから。だから頼り続けた、守られるべき可哀想な妹ととして。

 無意識だったのか…。
 それとも演じていたのか…。
 
それはルーシーにしか分からない。
いや、本人も分かっていないのかもしれない。

どちらにしろ、そのツケが回っているだけのことだ。
これに関しては術は全く関係はない。


ジェイクは話しを続ける。

「術の綻びがによって気持ちが不安定になっているようですが家族にも誰にも気持ちを吐露することはないそうです。
いいえ、家族の前だと余計に明るく振る舞おうとしていると。
一人になると涙を流しながら『違う…、大丈夫よ…』とブツブツと呟いているようですが、周りには必死で気持ちを隠しています」

つまり彼女は術の綻びによって、違和感を間違いなく感じている。
どの程度かは聞き取り調査をしているわけではないので不明だが、それは違和感か、はたまた罪悪感まで及んでいるのか…。
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