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33.私の決断
周囲の人達の優しさに支えられて、私は少しづつ現実と向き合い始める。
本来なら次期侯爵夫人として義父に逆らわず、夫に従い生きていく――それが淑女としての正しい生き方。
そう思ってずっと生きてきた。でも。
本当にそれでいいの……?
そう問い掛けてくる自分の心を無視出来なかった。
だから、私はロイドと何度となく会話を重ねた。
彼はただひたすら私への愛を説き、出発前の不和を嘆いた。あれさえなければ自分は間違うことはなかったのだと。
『ロイド、あなたはこれからどうするつもりなの?』
『以前と変わらずに君を大切にするよ。その……、アリーチェのことは気にしなくていい。誰がなんと言おうと、彼女は私の補佐役に過ぎないから』
私がなにを訴えようと、彼は最後には『当主が決めたことだから』と項垂れていた。そこには、自己憐憫しかなかった。
……結局、あなたは逃げるのね。
義父は相変わらずで、私が話をしたいとお願いしても多忙を理由に断られた。侍女を通しての言付けは『定期検診を続けるように』だけ。つまり、早く跡継ぎを産めと言ってきたのだ。
義母とは会うことはしなかったが、侍女を通して様子は教えてもらった。正気と狂気の間を行き来しているそうだけど、領地で静養する予定はないらしい。それは義父の優しさからの処置ではなく、醜聞を広めないためだった。
義母のやったことは許せないけれど、気の毒な人だと思う。……この屋敷にいては心の平穏は取り戻せない。
アリーチェとは会ってない、私が会う必要はないから。彼女とそのお腹の子にはロイドがちゃんと向き合うべきなのだ。彼は彼女を避けているようだけど、……私には関係ない。
この二ヶ月間で、私はこれから自分がどう生きるかを決めた――ホグワル候爵家から出ていくと。
自分でも驚いている。こんな決断が出来るなんて思っていなかった。幼い頃から教えられた淑女としての生き方を捨てる日が来るなんて……。
ずっと正しいと思って生きてきた。今だって、母や姉の人生を否定するつもりはない。
でも、私には無理だと思ってしまった。
このままずっと心を押し殺して耐えるの? 何ごともなかったかのように笑える?
――いいえ、私はあの子を想って生きていきたい。
だから今日、私は離縁を願い出る。
兄は今日の午後、義父と面会の約束を取り付けている。表向きは共同事業に関する書類の確認だけど、本当の目的は今日の話し合いの証人になってもらうためだ。
私は自分の気持ちを両親や兄に事前に伝えていた。もちろん、両親からは政略を軽んじるなと反対された。
でも、私は嘘を付いた――たったひとつだけ。
すると、顔色を変えた両親はホグワル候爵の判断に委ようと、私から離縁を申し出ることを渋々承知してくれたのだ。
『レティシア、私もその場に立ち会うよ』
『お兄様、よろしいのですか?』
『ああ、役に立つとは限らないが、いないよりはましだろ?』
『心強いですわ。ありがとうございます、お兄様』
兄の反応は意外だった。優しい兄だけど、ロイドの友でもある彼は離縁に反対すると思っていたから。
ロイドはこう言っていた。レイリーは私の気持ちを分かってくれたと。
私の嘘が効いたのだろうかと兄を見た。
……いいえ、違うわ。
兄は小さい頃、私にたまに見せてくれた顔をしていた。いつもは意地悪なのに、私が転ぶと『泣くな、目が溶けちゃうからな』と言いながらおんぶしてくれた。……あの時と同じ、私を心から心配してくれている顔だった。
私は壁に掛かっている時計に目をやる。あと一時間ほどで兄がホグワル候爵邸に来る時間だと思っていると、トントンと扉が叩かれた。
「若奥様、マール先生がいらっしゃいました。すでに他の者が温室のほうに案内しております」
「ありがとう、すぐに行くわ」
私は足早に彼が待つ温室へと向かう。
今日は義父が決めた二週間毎の定期検診の日でもあった。
部外者である彼には、私が今日離縁を申し出ることは話していない。でも、私は事前に彼に話さなければいけないことがあったのだ。
本来なら次期侯爵夫人として義父に逆らわず、夫に従い生きていく――それが淑女としての正しい生き方。
そう思ってずっと生きてきた。でも。
本当にそれでいいの……?
そう問い掛けてくる自分の心を無視出来なかった。
だから、私はロイドと何度となく会話を重ねた。
彼はただひたすら私への愛を説き、出発前の不和を嘆いた。あれさえなければ自分は間違うことはなかったのだと。
『ロイド、あなたはこれからどうするつもりなの?』
『以前と変わらずに君を大切にするよ。その……、アリーチェのことは気にしなくていい。誰がなんと言おうと、彼女は私の補佐役に過ぎないから』
私がなにを訴えようと、彼は最後には『当主が決めたことだから』と項垂れていた。そこには、自己憐憫しかなかった。
……結局、あなたは逃げるのね。
義父は相変わらずで、私が話をしたいとお願いしても多忙を理由に断られた。侍女を通しての言付けは『定期検診を続けるように』だけ。つまり、早く跡継ぎを産めと言ってきたのだ。
義母とは会うことはしなかったが、侍女を通して様子は教えてもらった。正気と狂気の間を行き来しているそうだけど、領地で静養する予定はないらしい。それは義父の優しさからの処置ではなく、醜聞を広めないためだった。
義母のやったことは許せないけれど、気の毒な人だと思う。……この屋敷にいては心の平穏は取り戻せない。
アリーチェとは会ってない、私が会う必要はないから。彼女とそのお腹の子にはロイドがちゃんと向き合うべきなのだ。彼は彼女を避けているようだけど、……私には関係ない。
この二ヶ月間で、私はこれから自分がどう生きるかを決めた――ホグワル候爵家から出ていくと。
自分でも驚いている。こんな決断が出来るなんて思っていなかった。幼い頃から教えられた淑女としての生き方を捨てる日が来るなんて……。
ずっと正しいと思って生きてきた。今だって、母や姉の人生を否定するつもりはない。
でも、私には無理だと思ってしまった。
このままずっと心を押し殺して耐えるの? 何ごともなかったかのように笑える?
――いいえ、私はあの子を想って生きていきたい。
だから今日、私は離縁を願い出る。
兄は今日の午後、義父と面会の約束を取り付けている。表向きは共同事業に関する書類の確認だけど、本当の目的は今日の話し合いの証人になってもらうためだ。
私は自分の気持ちを両親や兄に事前に伝えていた。もちろん、両親からは政略を軽んじるなと反対された。
でも、私は嘘を付いた――たったひとつだけ。
すると、顔色を変えた両親はホグワル候爵の判断に委ようと、私から離縁を申し出ることを渋々承知してくれたのだ。
『レティシア、私もその場に立ち会うよ』
『お兄様、よろしいのですか?』
『ああ、役に立つとは限らないが、いないよりはましだろ?』
『心強いですわ。ありがとうございます、お兄様』
兄の反応は意外だった。優しい兄だけど、ロイドの友でもある彼は離縁に反対すると思っていたから。
ロイドはこう言っていた。レイリーは私の気持ちを分かってくれたと。
私の嘘が効いたのだろうかと兄を見た。
……いいえ、違うわ。
兄は小さい頃、私にたまに見せてくれた顔をしていた。いつもは意地悪なのに、私が転ぶと『泣くな、目が溶けちゃうからな』と言いながらおんぶしてくれた。……あの時と同じ、私を心から心配してくれている顔だった。
私は壁に掛かっている時計に目をやる。あと一時間ほどで兄がホグワル候爵邸に来る時間だと思っていると、トントンと扉が叩かれた。
「若奥様、マール先生がいらっしゃいました。すでに他の者が温室のほうに案内しております」
「ありがとう、すぐに行くわ」
私は足早に彼が待つ温室へと向かう。
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