報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと

文字の大きさ
40 / 43

40.一途に思う者(レイリー視点)

しおりを挟む
「レイリー、久しぶりだな。一ヶ月――いや、二ヶ月ぶりになるかな……」

「商談があって忙しかったんだ。ロイド、いいのか? あそこから抜け出して」

 私――レイリーの視線の先には、先ほどまでロイドが談笑していた令嬢達がいた。みな未婚で身分も高く、そのうえ華がある。彼女らは全員、ロイドの再婚相手候補のはずだ。

 ロイドは離縁してからすぐに再婚相手を選ぶようにホグワル候爵から命じられていた。
 だから夜会では、ホグワル候爵が見繕った令嬢達の相手をしている。彼は丁寧に対応しているが、乗り気ではないのは明らかだった。


「少しくらい息抜きをしたっていいだろ? ずっと囲まれていて大変だったんだ。それよりも、レティのことを――」

「ロイド、妹はもうお前の妻じゃない。さすがにその呼び方は改めてくれ」

「あ、あぁ、そうだったな。すまない、つい……」

 この会話も何度目だろうか。いくら言っても、彼は妹のことを愛称で呼び続ける。

 まるでレティシアにしがみついているみたいだ……。


 そう、彼はまだ妹のことを心から愛しているのだ。だから、私に会う度に妹の近況を知りたがる。
 トウヤはホグワル候爵家の主治医を辞めてしまったので、私しか聞く相手がいないのだ。


「元気にしてるよ、妹は」

「そうか、良かった。なにか言ったりは……いや、なんでもない」

 彼は自分のことを妹が気にしていないかと聞きたいのだろう。なんでもないと言いながらも、教えて欲しいと目で訴えている。

 だが私は優しさから、その目に気づかないふりをする。

 言えるわけがない、まったく話題に出ないなんて……。



 私は通りかかった給仕の盆の上からグラスをふたつ取ると、片方をロイドに押し付けるように渡す。


「喉が乾いていたんだ、付き合ってくれ。久しぶりの再会に乾杯、ロイド」

「……乾杯、レイリー」

 飲みたかったわけではなく、話の流れを途切れるためだったので、私は唇を湿らせるに留める。


「それよりも、アリーチェの子がそろそろ生まれるんじゃないか?」

「ああ、そうだな」

 ロイドの声音に喜んでいる色はない。自分の子が生まれるというのに。

 その理由の最たるものはアリーチェだろう。

 彼は愛人となった彼女と上手くいってないという。
 あんなに学生時代恋い焦がれていた相手なのに、今は一欠片の恋情もないそうだ。

『アリーチェと一緒にいても安らげないんだ。凛としていた彼女はもういないよ。ただ、我が強いだけで。……遠くから見ているのがちょうど良かったよ』

 ロイドは自嘲しながらこう言っていた。

 アリーチェにかつて向けていた思いは気の迷いだったと、自分が心から愛し一生をともにしたい相手はレティシアだと気づいたらしい。

 その愛は、貴族社会では愚かだと切り捨てられる類のもの。家のためにならない――子を産めない――妻は切り捨てるべき存在なのだ。

 そういう貴族社会の規範から見れば、ロイドの思いは一途と言える。だが、こんなふうに愛せる彼を羨ましいとは思わない。

 ……なら、どうして貫かなかった。

 愛してると言いながら、離縁届けに署名した。
 まだ愛していると言いながら、こうして父親に求められるままに再婚相手を探している。

 彼の一途な愛は、どこまでも貴族社会の枠の中に留まり続けているのだ。つまり、なにかを捨てる覚悟はない。自分の身が一番大切なのだ。

 ふっ、誰かさんと同じだな。

 その誰かとは私自身であり、殆どの貴族男性に当てはまるはずだ。……トウヤは例外だが。 

 だから、私はロイドの友人であり続けるのだ。自分を見ているようで放っておけない。


 ――ロイドは特別に悪い奴じゃない。ただ、運が悪かった。


 私は元気づけるように、彼の肩を気安く叩く。

「生まれたら教えてくれ。祝いを贈るから」

「ありがとう、レイリー。連絡するよ」

 彼は気のない返事を返してきた。きっと連絡は来ないだろう。レティシアに配慮してではなく、彼にとって大切な案件ではないから失念する気がする。

「そろそろ戻るよ。父上がこっちを見てるから」

 少し離れたところにホグワル候爵はいた。にこやかに目の前にいる相手と話しているが、横目でこちらを睨んでいる。
 彼は事業の拡大を考えていて、ロイドの結婚をその足掛かりにしようと思っているらしい。
 時間を無駄にするなと言いたいのだろう。


「ロイド、またな。無理はするなよ」

「……やはり、レイリーはレティ、シアの兄なんだな。彼女もいつもそう言ってくれていたんだ。私の心配をしてくれて」

 ロイドは悲しそうに『彼女によろしく伝えてくれ……』と呟いてから、また令嬢達の輪の中に戻っていく。


 ――離縁しようと、愛人がいようと、彼の価値は損なわれていない。


 令嬢達は条件の良い彼に選ばれたくて、我先にとロイドに話し掛けている。

 傍から見たら羨ましい光景だろう。


 ……だが、彼は全然幸せそうには見えなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【本編完結】独りよがりの初恋でした

須木 水夏
恋愛
好きだった人。ずっと好きだった人。その人のそばに居たくて、そばに居るために頑張ってた。  それが全く意味の無いことだなんて、知らなかったから。 アンティーヌは図書館の本棚の影で聞いてしまう。大好きな人が他の人に囁く愛の言葉を。 #ほろ苦い初恋 #それぞれにハッピーエンド 特にざまぁなどはありません。 小さく淡い恋の、始まりと終わりを描きました。完結いたします。

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

処理中です...