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41.想いの行方①(トウヤ視点)
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「レティシア様、まだあまり目立ってはおりませんね」
「別におかしなことではありませんので、変なことを言うのはやめてください」
「トウヤ。ミネルバ様はそんなつもりでおっしゃったわけではないわ。申し訳ございません、ミネルバ様」
レティシアに目であなたも一緒にと促され、私――トウヤは軽く形だけ頭を下げる。もちろん、これは彼女のためで、女狐のためじゃない。
レティシアは私を睨んでいるつもりなのだろうが、そんな姿も可愛すぎて口元が緩んでしまう。
レティシアは一年前に私の妻となった。それは彼女が離縁してから三年後のことだった。
そして、今、彼女のお腹には私の子がいる。
安定期に入ったので久しぶりに夫婦揃って夜会に参加したら、ミネルバに早々に捕まってしまったというわけだ。
彼女はレティシアのことを気に入っており、頻繁に我が家に来ていた。マール伯爵邸とダイナ公爵邸は残念なことにそれほど離れていないのだ。
『呼んでもいないのに、また来たんですね。ミネルバ様』
『マール伯爵に呼ばれておりませんが、レティシア様に招待されましたのよ。おっほほ、羨ましいかしら?』
『……全然』
いや、本当は羨ましかった。
家令に『……私は招待されていない』と愚痴をこぼしたら、『マール伯爵をマール伯爵邸に招待する意味が分かりません』と冷静に返されたのは、つい二週間ほど前のことだ。
それなのに、夜会でも私とレティシアの時間を邪魔してくるというのか。チッ、図々しい女狐め。
……見るな、話しかけるな。
と言いたいが、愛する妻の表情を曇らせたくないから必死で堪える。そんな私に気づくことなく、レティシアは少しだけ膨らみを見せているお腹に手を当てる。
「五ヶ月に入りましたが、私は目立たないほうのようです。でも、最近動いているのは分かるようになったんですよ。ね? トウヤ」
「ああ、とっても元気な子だ」
彼女の手の上に自分の手を重ねると、『あっ、』とレティシアが声を弾ませる。
「今、動いたみたいです。お父様だって分かっているですね、この子は」
彼女は破顔して、お父様に似てお利口さんねと、お腹に向かって声を掛ける。その声音はいちだんと柔らかい――母としての声。
視線をお腹に向けているレティシアに気づかれないように、ミネルバはちらっと視線を私の後方である斜め右にずらす。
首だけ動かしてそちらを見ると、ロイドがいた。
くくっ、なんて顔で見てるんだ。
居た堪れない、すぐにこの場から逃げ出したい。だが、次期侯爵との矜持が辛うじてそれ拒んでいる。そんな情けない顔だった。
ホグワル候爵家の内情についてはメルアを通して把握していた。
アリーチェが産んだ子は男の子だった。ホグワル候爵家でスペアとして大切に育てられているが、問題がひとつだけあった。
ロイドにまったく似たところがない子だったのだ。それだけならいいのだが、アリーチェにもそんなに似ていないらしい。
『本当にロイドの子なのか……』と青褪めたのは初孫を抱いたホグワル候爵だったという。
子供の中には親だけなく、祖父母、曽祖父母といろんな血が流れている。だから、親に似ていない子だっている。
……だが、一度浮かんだ疑念を払拭するのは難しい。
それなら、アリーチェ共々見捨てればいいものだが、そうはいかない事情があった。
ロイドがまだ再婚していないのだ。
レティシアに未練たらたらだった彼は、再婚を先延ばしにしていた。もしかしたらと彼女から連絡があるかもと、淡い期待を捨てきれなかったのだろう。
はっ、女々しい奴だ。
そして、月日が経ち、私と結ばれたレティシアは子を身籠った。
当初は、不妊は診立て違いだったと私の悪評が流れたが、それはすぐに収まった。
診立て違いなどよくあることで、余命三ヶ月だ言われた者が一年も生きた、またはその逆だってあるという至極真っ当な理由からではない。
――もっと美味しい噂が流れ始めたからだ。
「別におかしなことではありませんので、変なことを言うのはやめてください」
「トウヤ。ミネルバ様はそんなつもりでおっしゃったわけではないわ。申し訳ございません、ミネルバ様」
レティシアに目であなたも一緒にと促され、私――トウヤは軽く形だけ頭を下げる。もちろん、これは彼女のためで、女狐のためじゃない。
レティシアは私を睨んでいるつもりなのだろうが、そんな姿も可愛すぎて口元が緩んでしまう。
レティシアは一年前に私の妻となった。それは彼女が離縁してから三年後のことだった。
そして、今、彼女のお腹には私の子がいる。
安定期に入ったので久しぶりに夫婦揃って夜会に参加したら、ミネルバに早々に捕まってしまったというわけだ。
彼女はレティシアのことを気に入っており、頻繁に我が家に来ていた。マール伯爵邸とダイナ公爵邸は残念なことにそれほど離れていないのだ。
『呼んでもいないのに、また来たんですね。ミネルバ様』
『マール伯爵に呼ばれておりませんが、レティシア様に招待されましたのよ。おっほほ、羨ましいかしら?』
『……全然』
いや、本当は羨ましかった。
家令に『……私は招待されていない』と愚痴をこぼしたら、『マール伯爵をマール伯爵邸に招待する意味が分かりません』と冷静に返されたのは、つい二週間ほど前のことだ。
それなのに、夜会でも私とレティシアの時間を邪魔してくるというのか。チッ、図々しい女狐め。
……見るな、話しかけるな。
と言いたいが、愛する妻の表情を曇らせたくないから必死で堪える。そんな私に気づくことなく、レティシアは少しだけ膨らみを見せているお腹に手を当てる。
「五ヶ月に入りましたが、私は目立たないほうのようです。でも、最近動いているのは分かるようになったんですよ。ね? トウヤ」
「ああ、とっても元気な子だ」
彼女の手の上に自分の手を重ねると、『あっ、』とレティシアが声を弾ませる。
「今、動いたみたいです。お父様だって分かっているですね、この子は」
彼女は破顔して、お父様に似てお利口さんねと、お腹に向かって声を掛ける。その声音はいちだんと柔らかい――母としての声。
視線をお腹に向けているレティシアに気づかれないように、ミネルバはちらっと視線を私の後方である斜め右にずらす。
首だけ動かしてそちらを見ると、ロイドがいた。
くくっ、なんて顔で見てるんだ。
居た堪れない、すぐにこの場から逃げ出したい。だが、次期侯爵との矜持が辛うじてそれ拒んでいる。そんな情けない顔だった。
ホグワル候爵家の内情についてはメルアを通して把握していた。
アリーチェが産んだ子は男の子だった。ホグワル候爵家でスペアとして大切に育てられているが、問題がひとつだけあった。
ロイドにまったく似たところがない子だったのだ。それだけならいいのだが、アリーチェにもそんなに似ていないらしい。
『本当にロイドの子なのか……』と青褪めたのは初孫を抱いたホグワル候爵だったという。
子供の中には親だけなく、祖父母、曽祖父母といろんな血が流れている。だから、親に似ていない子だっている。
……だが、一度浮かんだ疑念を払拭するのは難しい。
それなら、アリーチェ共々見捨てればいいものだが、そうはいかない事情があった。
ロイドがまだ再婚していないのだ。
レティシアに未練たらたらだった彼は、再婚を先延ばしにしていた。もしかしたらと彼女から連絡があるかもと、淡い期待を捨てきれなかったのだろう。
はっ、女々しい奴だ。
そして、月日が経ち、私と結ばれたレティシアは子を身籠った。
当初は、不妊は診立て違いだったと私の悪評が流れたが、それはすぐに収まった。
診立て違いなどよくあることで、余命三ヶ月だ言われた者が一年も生きた、またはその逆だってあるという至極真っ当な理由からではない。
――もっと美味しい噂が流れ始めたからだ。
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