19 / 22
19.優しい嘘に満たされて…①
しおりを挟む
屋敷の広大な庭の片隅に建てられた小さな温室は私にとって心が落ちつく場所だ。
大好きな花に囲まれながら静かに過ごしていると幸せを感じられる。
この温室の花の手入れだけは侍女や庭師に任せたりせず、私が行っている。
伯爵夫人として花の手入れより優先すべきことはたくさんある。しかし夫であるオズワルドはどんな時も『君がやりたいのなら、それを優先して』と言ってくれる。
どんな時だって私がどう思っているのか、どう感じているのか尋ねてくる。
言葉を惜しむことなんてしない。
私のどんな言葉にも耳を傾け『シャナ、君の思うままに』と優しく抱きしめてくれる。
最愛の夫であるオズワルドは私が病弱だったからか、とにかく心配性で私に甘い。
だがそれは夫だけに限ったことではない。
屋敷の者達も『奥様、無理をなさらずに』とみな気を使ってくれ、たまに会う兄夫婦も『ゆっくりと過ごせばいいから』と幼い頃から迷惑を掛けている妹に優しく接してくれる。
『もう大丈夫だから』と私がいくら言っても、皆の態度は変わらない。
昔から病弱だったうえに、私が出産後に体調を崩し生死の境を彷徨ったことが原因なのだろう。
まったく揃いも揃って過保護なんだから。
伯爵夫人としての役割も果たしたいのに、それすらさせて貰えない。
夫は『体調が完全に戻るまで社交は無理しないでいい。そばにいてくれるだけでいいんだ』と言い、真綿で包むように私を大切にしてくれる。
それではいけないと分かっている。
私も妻として愛する夫を支えていきたい。
だが彼の言う通り確かに体調は万全とは言えないのかもしれない。
普段はなんの問題もないけれど、時々…そう時々なのだが少しだけ混乱してしまうことがある。
自分の言葉や記憶にこれでいいのか…とふと感じてしまうのだ。
漠然とした不安に襲われると言えばいいのだろうか。
『身体の不調は意外なところに影響が出てくるものですから気にするほどではありませんよ』とかかりつけの医者から言われている、きっとそうなのだろう。
疑ってはいない、でも違和感を感じてしまう私もいる。
病弱だったはずなのに、幼いころ走り回っていた気がする。
兄夫婦を『お父様、お母様っ…』と呼び間違えてしまったり。いくら娘のように可愛がってくれているとはいえ、そんなことあるだろうか。
それに自分の名が呼ばれているにも関わらず、その名の人物を探そうとしている自分に気づく。
私は誰を探しているのだろうか。シャナは自分だというのに…。
いつもそう感じるわけではない。
本当にふとした時にそうなるだけ。
夫も両親も屋敷の者達も『気にしすぎだ』と言う。
確かに呼び間違いも勘違いも誰にでも起こり得ることだ。
だけど…そういう時、私はなんとも言えない不快感に襲われる。まるで自分が自分でないような気持ち悪さに吐き気を覚えてしまう。
「……っ…うう…。ち…がう、私は…」
何を言おうとしているのか分からない、その後に続く言葉も出てくることはない。
不安に心臓が鷲掴みされているようで、何も考えられなくなる。
とにかくここにいてはいけない気がして…、どうしようもなくなる。
『愛されているのは…よ、あなたは身代わりに過ぎないの。
知っているでしょう?
ほら…ーナ、そこは…の場所よ。
おどきなさい、ふふふ』
頭の中で誰かが何かを言っている。
顔は見えない、でもなんだか私に似ている。
何を言っているのかよく分からない。
けれども聞こえないように手で耳を塞いでしまう。
ちがう、違うわ…。
だって私はシャナだもの。
そんな人は、…ーナなんて知らないわ。
必死に否定をする。ちゃんと聞こえていないのに…。
私は何を否定しているのだろうか。
わか…らない。
自分が何をしたいのか。
大好きな花に囲まれながら静かに過ごしていると幸せを感じられる。
この温室の花の手入れだけは侍女や庭師に任せたりせず、私が行っている。
伯爵夫人として花の手入れより優先すべきことはたくさんある。しかし夫であるオズワルドはどんな時も『君がやりたいのなら、それを優先して』と言ってくれる。
どんな時だって私がどう思っているのか、どう感じているのか尋ねてくる。
言葉を惜しむことなんてしない。
私のどんな言葉にも耳を傾け『シャナ、君の思うままに』と優しく抱きしめてくれる。
最愛の夫であるオズワルドは私が病弱だったからか、とにかく心配性で私に甘い。
だがそれは夫だけに限ったことではない。
屋敷の者達も『奥様、無理をなさらずに』とみな気を使ってくれ、たまに会う兄夫婦も『ゆっくりと過ごせばいいから』と幼い頃から迷惑を掛けている妹に優しく接してくれる。
『もう大丈夫だから』と私がいくら言っても、皆の態度は変わらない。
昔から病弱だったうえに、私が出産後に体調を崩し生死の境を彷徨ったことが原因なのだろう。
まったく揃いも揃って過保護なんだから。
伯爵夫人としての役割も果たしたいのに、それすらさせて貰えない。
夫は『体調が完全に戻るまで社交は無理しないでいい。そばにいてくれるだけでいいんだ』と言い、真綿で包むように私を大切にしてくれる。
それではいけないと分かっている。
私も妻として愛する夫を支えていきたい。
だが彼の言う通り確かに体調は万全とは言えないのかもしれない。
普段はなんの問題もないけれど、時々…そう時々なのだが少しだけ混乱してしまうことがある。
自分の言葉や記憶にこれでいいのか…とふと感じてしまうのだ。
漠然とした不安に襲われると言えばいいのだろうか。
『身体の不調は意外なところに影響が出てくるものですから気にするほどではありませんよ』とかかりつけの医者から言われている、きっとそうなのだろう。
疑ってはいない、でも違和感を感じてしまう私もいる。
病弱だったはずなのに、幼いころ走り回っていた気がする。
兄夫婦を『お父様、お母様っ…』と呼び間違えてしまったり。いくら娘のように可愛がってくれているとはいえ、そんなことあるだろうか。
それに自分の名が呼ばれているにも関わらず、その名の人物を探そうとしている自分に気づく。
私は誰を探しているのだろうか。シャナは自分だというのに…。
いつもそう感じるわけではない。
本当にふとした時にそうなるだけ。
夫も両親も屋敷の者達も『気にしすぎだ』と言う。
確かに呼び間違いも勘違いも誰にでも起こり得ることだ。
だけど…そういう時、私はなんとも言えない不快感に襲われる。まるで自分が自分でないような気持ち悪さに吐き気を覚えてしまう。
「……っ…うう…。ち…がう、私は…」
何を言おうとしているのか分からない、その後に続く言葉も出てくることはない。
不安に心臓が鷲掴みされているようで、何も考えられなくなる。
とにかくここにいてはいけない気がして…、どうしようもなくなる。
『愛されているのは…よ、あなたは身代わりに過ぎないの。
知っているでしょう?
ほら…ーナ、そこは…の場所よ。
おどきなさい、ふふふ』
頭の中で誰かが何かを言っている。
顔は見えない、でもなんだか私に似ている。
何を言っているのかよく分からない。
けれども聞こえないように手で耳を塞いでしまう。
ちがう、違うわ…。
だって私はシャナだもの。
そんな人は、…ーナなんて知らないわ。
必死に否定をする。ちゃんと聞こえていないのに…。
私は何を否定しているのだろうか。
わか…らない。
自分が何をしたいのか。
571
あなたにおすすめの小説
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです
山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。
それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。
私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
あなたとの縁を切らせてもらいます
しろねこ。
恋愛
婚約解消の話が婚約者の口から出たから改めて考えた。
彼と私はどうなるべきか。
彼の気持ちは私になく、私も彼に対して思う事は無くなった。お互いに惹かれていないならば、そして納得しているならば、もういいのではないか。
「あなたとの縁を切らせてください」
あくまでも自分のけじめの為にその言葉を伝えた。
新しい道を歩みたくて言った事だけれど、どうもそこから彼の人生が転落し始めたようで……。
さらりと読める長さです、お読み頂けると嬉しいです( ˘ω˘ )
小説家になろうさん、カクヨムさん、ノベルアップ+さんにも投稿しています。
行ってらっしゃい旦那様、たくさんの幸せをもらった私は今度はあなたの幸せを願います
木蓮
恋愛
サティアは夫ルースと家族として穏やかに愛を育んでいたが彼は事故にあい行方不明になる。半年後帰って来たルースはすべての記憶を失っていた。
サティアは新しい記憶を得て変わったルースに愛する家族がいることを知り、愛しい夫との大切な思い出を抱えて彼を送り出す。
記憶を失くしたことで生きる道が変わった夫婦の別れと旅立ちのお話。
【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから
よどら文鳥
恋愛
私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。
五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。
私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。
だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。
「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」
この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。
あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。
婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。
両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。
だが、それでも私の心の中には……。
※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。
※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる