誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく

矢野りと

文字の大きさ
20 / 22

20.優しい嘘に満たされて…②

しおりを挟む
知らなくてはいけないことのような気もする、でも知ってはいけないと拒絶もする。

矛盾する心に戸惑いしかない。


知ったらここにはいられない。
なにかをやめたくなる。

 をやめるの?
 それはやめられるの…。
 
 私は以前…なにかをやめた…のだろうか?


分からないのに怖かった。
分からないことがではなく、何かが分かってしまうことが…。
自分を抱きしめるように身体に腕を回す。そしてその腕に自分の爪が深く食いこみ、血が滲んでくる。



「……ナ、…シャナ!
いいんだ、いいんだよ。
このままでいいんだ、このままの君で。
君がここにいてくれるだけでいいんだ!」

いつもと違う、叫ぶようなオズワルドの声音に、手から力が抜けていく。

「オズ…ワルド。……わた…し、」

言葉が上手く出てこないのは、この感覚がどう言えば伝わるのか分からないから。
…説明など出来ない。

「ほら、目を開けてこっちを見るんだ。大丈夫だから…、今のままの君を愛している。
目の前にいる君を愛しているんだよ。
無理になにかを考える必要はない。
ほらゆっくり息をして、もう大丈夫だから…」

オズワルドが私を包み込むように抱きしめてくれる。耳元で彼に囁かれると不思議と不安が薄らいでいく。

 …これでいいの?
 私はこのままでいいの…。

 
「ああそうだよ、このままでいいんだ。
なんの問題もないよ」

口に出していないのに彼には私の心の声が聞こえているみたいだ。
私が欲している言葉を紡いでくれる。


「…ごめんなさいオズワルド。私ったらまた…」

こんな風に迷惑を掛けるなんてしたくないのに。
妻としての役割をしていないのだから、これ以上迷惑はかけたくない。


「まだ体調が良くないだけだよ、焦ることはないんだ。それに…このままでもいいんだ。
私は迷惑なんて思っていないよ。
君がこうして私のそばにいてくれるだけで幸せなんだ。…そして君に幸せでいて欲しい。
それを忘れないで」

夫はまっすぐに私を見つめ、心からの言葉を紡いでくれる。その眼差しと声音に籠もった想いは真実のみ、疑うことなんてない。

だから私も素直な気持ちを彼に伝える、彼の想いに応えるように。

「ありがとう。私は幸せ者だわ。
幼い頃から病気で大変だったけれど、そのお陰であなたと隣国で運命的な出会いをした。
一度は別れを選んだけど、こうして結ばれて幸せに暮らしている。
今も時々体調を崩してしまうけれど、愛するあなたも兄夫婦もいつでも優しく支えてくれて感謝しているわ。
それに宝物にも恵まれている。

シャナ・ブラウンに生まれて、そしてシャナ・ライナーになって本当に幸せだなって思っているわ。
愛しているわ、オズワルド」

幸せだと思っているのは本当だ。
でも私は自分の名を何度も確認するように紡いでいる意味に気づくことはない。


「私も愛しているよ、君を心から。
…………シャナ」

彼から『シャナ』と呼ばれることに喜びと安堵を感じる。出会った時からそう呼ばれているのにどうしてだろうか。

私は混乱した後はいつも、『もっと名を呼んで』と彼にお願いをする。

「あなたに名を呼ばれるのが嬉しいの。なぜかとても安心できるから。お願い、もっと呼んで…」

「ああ、それが君の願いなら叶えよう。
……シャナ……」

私は愛されているのを実感し微笑んでみせた。

「…シャナ、シャナ……ーナ、愛している」

彼は何度も私の名を口にしてくれる。でも決まって最後に紡ぐ名はよく聞こえない。



いつもと変わらない穏やかな日常が愛おしくて堪らない。
この幸せを今度こそ守って見せる。

 『今度こそ』ではないわ、『いつまでも』だったわ。

どうして言い間違えてしまったのだろうと考えていると『バタンッ!』と大きな音を立てて扉が開けられた。


「おかあーさまー」

そう言って走ってくるのは六歳になったばかりの可愛い息子ニュートだった。
勢いよく抱きついてくるとまだ幼い子供特有のなんとも言えない甘い香りに満たされる。

「あらあら元気ね、ふふふ。なにか良いことがあったのかしら?」

私が笑いながらそう言うとニュートは可愛い手を元気よく差し出してくる。

「はい、これあげるね!おかあさまのすきなお花が咲いてたんだ!」

その手には庭から摘んできた白い花が一輪握りしめられている。落とさないようにしっかりと握っていたからだろう、花は少し元気がなくなっている。
それに気づきニュートの目には涙が浮かんでくる。

「しおれちゃった…。おかあさまによろこんでもらいたかったのに」

「まあ、素敵な花ね。お母様が好きな色の花を摘んできてくれてありがとう。水をあげたらすぐに元気になるわ。早速飾りましょうね」

私がそう言って花を受け取るとニュートは近くの花瓶を両手で持って『おかあさま、ぼくが水をいれてくるから待っててね!』と嬉しそうな顔をして離れていった。

その一生懸命な後ろ姿を微笑ましく思いながら見ていると、ふと手に持っている白い花が気になった。

「…私って白い花が好きだったかしら……」

そう呟いていた。私は白い花が好きだ、それなのには赤が好きな気がした。


 …何を馬鹿なことを、シャナは私なのに。
 私は白が好き、だからシャナである私も白が好きなはず…。




「君の好きな色は白だよ。それは変わっていない、それでいいんだよ」

オズワルドが私の肩にそっと手を乗せ、耳元でそう言うと『これでいいのだ』と信じられた。

「ええ、そうね…そうよね。私は昔から白が好きだわ…」


可愛いニュートは私の好きな色の花をいつも持って来てくれる。
それは白で間違いない。その証拠にこの温室の中には赤い花はひとつも置いてない。なぜか赤い花は私を落ち着かなくさせるから。



愛する夫と愛おしい息子がそばにいてくれる。
これ以上の幸せなんてないだろう。


『私はこのままでいい』


何も間違っていない、これが完璧な幸せの形なのだから。


*********************
お気に入り登録・感想有り難うございます♪

あと一話で完結の予定です。
最後までお付き合い頂けたら幸いです( ꈍᴗꈍ)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。

暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。 リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。 その翌日、二人の婚約は解消されることになった。 急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。

行ってらっしゃい旦那様、たくさんの幸せをもらった私は今度はあなたの幸せを願います

木蓮
恋愛
サティアは夫ルースと家族として穏やかに愛を育んでいたが彼は事故にあい行方不明になる。半年後帰って来たルースはすべての記憶を失っていた。 サティアは新しい記憶を得て変わったルースに愛する家族がいることを知り、愛しい夫との大切な思い出を抱えて彼を送り出す。 記憶を失くしたことで生きる道が変わった夫婦の別れと旅立ちのお話。

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

短編 政略結婚して十年、夫と妹に裏切られたので離縁します

朝陽千早
恋愛
政略結婚して十年。夫との愛はなく、妹の訪問が増えるたびに胸がざわついていた。ある日、夫と妹の不倫を示す手紙を見つけたセレナは、静かに離縁を決意する。すべてを手放してでも、自分の人生を取り戻すために――これは、裏切りから始まる“再生”の物語。

私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。

まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。 少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。 そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。 そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。 人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。 ☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。 王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。 王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。 ☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。 作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。 ☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。) ☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。 ★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。

夫は運命の相手ではありませんでした…もう関わりたくないので、私は喜んで離縁します─。

coco
恋愛
夫は、私の運命の相手ではなかった。 彼の本当の相手は…別に居るのだ。 もう夫に関わりたくないので、私は喜んで離縁します─。

処理中です...