5 / 57
5.夫からの言葉②
しおりを挟む
「君が正妻であることを否定する気はない。
だがすまない、私は…君を愛していない。これから愛することもない。
私にとって愛する人は助けてくれた彼女だけなんだ、今もこれから先も」
「………」
彼は自分の気持ちを偽ることなく私に伝え続ける。その言葉に迷いはなく、その目からは私への愛情は完全に消え失せていた。
彼の目に宿っている愛は一年前は私に向けられていたけれども、今はあの女性のものだった。
もう私を愛してくれないの?
どうしても愛せないの……エド。
心のなかで縋る言葉を呟きながら、私には答えが分かっていた。
彼は同時に二人の人を愛するような人ではない。真っ直ぐな愛を捧げる誠実な人だから。
それは愛されていた私が一番分かっている。
分かってしまうから辛くなる。
…気づかないふりなんて出来ない。
エド…エド…エド、エドワード…。
声を出すことなく彼の名を呼び続ける。だが彼に私の想いは届かない。
何も言わずにいる私に彼は頭を下げてくる。
「正式な妻である君を追い出すつもりはない。私から離縁を望むこともしない。
だが愛する人と子供は私にとって大切な家族なんだ。だから離れたくはない、いつでも傍で守ってあげたい。
妾という形で彼女がこの屋敷で暮らすことを許して欲しい。私の子も跡継ぎとして認めて欲しい」
勝手な言い分だった。
確かに正妻の許可があれば妾の子も跡継ぎとして認められる。
だが妾は外で囲うもので、肩身が狭い存在として扱われるものだ。
それなのに彼は屋敷に住まわせたいと言う。
つまり彼は愛する人とその子に今出来る最高の待遇を正妻である私に求めている。
そこには私に対する負の感情があるわけではなく、愛する家族を必死で守ろうとする思いしか感じられない。
「自分勝手だとは分かっているし、君にも済まないとは思っている。だがこの出会いをなかったことになど出来ないし、するつもりもない。私にとって大切な人だから。
君のことは愛せないけど…、正妻としての君を蔑ろにしたりもしない、何不自由ない生活を約束しよう。
だから私の愛する家族の存在を認めてくれないだろうか。頼む、この通りだ!」
彼の必死で懇願する様子は『彼にとって家族は彼らであって、もう私ではないのだ』と言う事実を思い知らされる。
離縁された貴族女性に明るい未来は難しいのも分かっているから、彼は私に離縁を望むことをしないのだろう。
それは彼の優しさゆえなのだろうけど、それが残酷なことだとはエドはきっと分かっていない。
だってエドは『私が彼を心から愛している』のを忘れてしまっているから、仲睦まじい姿を見せつけられて私がどんな風に思うかなんて分からない。
きっと私の愛を彼は誤解している。
『愛しているわ』といっても貴族夫婦の取り繕った上辺だけものだと思っているのだろう。
だからあんなことを平気で言うのだろう。
エド、酷い…人ね。
どうして思い出す努力もしてくれないの?
どうして妻である私に歩み寄ろうとしてくれないの?
彼は私の名が『マリア』だと聞いているはずなのに、一度だってその名を呼ばない。
私は『正妻』であって、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
ここで私が彼の大切な家族の存在を拒絶したら、彼はここを出ていこうとするだろう。
彼ならばきっとそうする。
エドワード・ダイソンという人は愛する人を見捨てたりしない、その手で守り続ける。
嫌よ、エド…いなくならないで。
彼がまた私から離れていくなんて考えたくない。
彼を愛している私にとってそれは何よりも耐え難いこと。
『彼の愛する人を認めるか彼が去っていくのを黙って見ているか』
彼は残酷な選択を私に迫ってくる。でも彼はそれがどんなに残酷なことなのか…知らない。
だがすまない、私は…君を愛していない。これから愛することもない。
私にとって愛する人は助けてくれた彼女だけなんだ、今もこれから先も」
「………」
彼は自分の気持ちを偽ることなく私に伝え続ける。その言葉に迷いはなく、その目からは私への愛情は完全に消え失せていた。
彼の目に宿っている愛は一年前は私に向けられていたけれども、今はあの女性のものだった。
もう私を愛してくれないの?
どうしても愛せないの……エド。
心のなかで縋る言葉を呟きながら、私には答えが分かっていた。
彼は同時に二人の人を愛するような人ではない。真っ直ぐな愛を捧げる誠実な人だから。
それは愛されていた私が一番分かっている。
分かってしまうから辛くなる。
…気づかないふりなんて出来ない。
エド…エド…エド、エドワード…。
声を出すことなく彼の名を呼び続ける。だが彼に私の想いは届かない。
何も言わずにいる私に彼は頭を下げてくる。
「正式な妻である君を追い出すつもりはない。私から離縁を望むこともしない。
だが愛する人と子供は私にとって大切な家族なんだ。だから離れたくはない、いつでも傍で守ってあげたい。
妾という形で彼女がこの屋敷で暮らすことを許して欲しい。私の子も跡継ぎとして認めて欲しい」
勝手な言い分だった。
確かに正妻の許可があれば妾の子も跡継ぎとして認められる。
だが妾は外で囲うもので、肩身が狭い存在として扱われるものだ。
それなのに彼は屋敷に住まわせたいと言う。
つまり彼は愛する人とその子に今出来る最高の待遇を正妻である私に求めている。
そこには私に対する負の感情があるわけではなく、愛する家族を必死で守ろうとする思いしか感じられない。
「自分勝手だとは分かっているし、君にも済まないとは思っている。だがこの出会いをなかったことになど出来ないし、するつもりもない。私にとって大切な人だから。
君のことは愛せないけど…、正妻としての君を蔑ろにしたりもしない、何不自由ない生活を約束しよう。
だから私の愛する家族の存在を認めてくれないだろうか。頼む、この通りだ!」
彼の必死で懇願する様子は『彼にとって家族は彼らであって、もう私ではないのだ』と言う事実を思い知らされる。
離縁された貴族女性に明るい未来は難しいのも分かっているから、彼は私に離縁を望むことをしないのだろう。
それは彼の優しさゆえなのだろうけど、それが残酷なことだとはエドはきっと分かっていない。
だってエドは『私が彼を心から愛している』のを忘れてしまっているから、仲睦まじい姿を見せつけられて私がどんな風に思うかなんて分からない。
きっと私の愛を彼は誤解している。
『愛しているわ』といっても貴族夫婦の取り繕った上辺だけものだと思っているのだろう。
だからあんなことを平気で言うのだろう。
エド、酷い…人ね。
どうして思い出す努力もしてくれないの?
どうして妻である私に歩み寄ろうとしてくれないの?
彼は私の名が『マリア』だと聞いているはずなのに、一度だってその名を呼ばない。
私は『正妻』であって、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
ここで私が彼の大切な家族の存在を拒絶したら、彼はここを出ていこうとするだろう。
彼ならばきっとそうする。
エドワード・ダイソンという人は愛する人を見捨てたりしない、その手で守り続ける。
嫌よ、エド…いなくならないで。
彼がまた私から離れていくなんて考えたくない。
彼を愛している私にとってそれは何よりも耐え難いこと。
『彼の愛する人を認めるか彼が去っていくのを黙って見ているか』
彼は残酷な選択を私に迫ってくる。でも彼はそれがどんなに残酷なことなのか…知らない。
224
あなたにおすすめの小説
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる