愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと

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4.夫からの言葉①

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夫であるエドワードと義父母と義弟は私が寝ている間に話し合いを終えたらしい。

けれども連れてきた女性と子供を家族だと主張する彼と『お前にはすでに妻がいる』から認めることは出来ないと言う義父達。
お互いに譲らないま話しは平行線のまま終わってしまったと聞いている。


この国の貴族は一夫一婦制で第2夫人は認められていない。
妾を囲う貴族はいるが周りからは良い印象は持たれないので、隠れて囲うのが常識となっている。
つまりは日陰の身だ。

夫は大切な家族をそんなふうに扱いたくはないのだろう。




エドワードは私と二人だけでの話し合いを望んでいる。義母や義弟はそれに反対していたが、義父は私に判断を任せた。

「マリアが決めていい、君は息子の妻なのだから。
二人だけがいいならそれでもいいし、誰か側についていることを望むのならそうしよう。今のエドワードよりも君の意見を尊重したい」

「でもあなたっ、私はマリアについてあげたいわ」

「父上、義姉上の負担を軽くする為にも一人よりは誰かがついていたほうがいいです!」

私に判断を任せると言う義父も二人だけの話し合いに反対する義母と義弟も、誰もが私のことを案じてくれている。

そのことが私の心を少しだけ軽くしてくれる。


「エドが私と二人の話し合いを望んでくれているのなら、そうしたいと思います。もしかしたら何か思い出してくれるのかもしれないので…」

周りに誰かいるよりもそのほうが私のことを思い出してくれるのではないかと淡い期待を抱く。
自分一人で冷静でいられるかという不安もあったけれども、それよりも思い出してくれる可能性を信じていた。

だって私との絆はそんなに脆いものではない。
結婚生活は長くなかったけれども、お互いに慈しんできた時間はかけがえがないものだ。

…私にとってもエドにとっても。





私は彼と二人だけで話し合いに臨むことを決めた。

今までなら夫婦で話すために来客用の応接室を使ったことはない。だが今回エドは話し合いの場にこの部屋を選んだ。
それは今の彼と私の距離を表しているようで心が痛くなる。



空いている私の隣ではなく、向かいのソファに座ることを選んだエドはすぐに口を開いた。


「私はエドワード・ダイソンだ。二人だけでの話し合いに応じてくれて有り難う、感謝している」


夫婦なのに自己紹介から始まる他人行儀な会話。

記憶のない彼にとって私は他人であることを示している。それは分かっていたことだけど胸に針が刺さったように『ズキンッ…』と痛くなる。


「……マリアです。あなたのですから当然のことです」


自分のことを思い出してもらいたくて『妻』という言葉に力を込める。

だが彼はその言葉に眉を顰めるだけ。私を思い出してくれている様子はない。


 エド…お願い思い出して。 
  


「君と結婚をしている事実は両親からすでに聞いている。正直最初は信じられなかった。だが書類なども揃っていたし、実際に私の記憶が数年分欠けたままなのは今は認識している。
だから結婚をしていることは認めざるを得ないと思っている」

「分かってもらえて良かったです、エド」


これはささやかな前進だと思った。
記憶は戻らなくても彼が結婚の事実をを認めてくれていることに少しだけホッとする。


だがその後に待っていたのは残酷な言葉だった。


「だが今の私には愛すると子供がいるのも事実なんだ。まだ正式に婚姻を結んではいないが、いや違うな今となっては…。
妻がいる身だから婚姻は結べないが今の私にとって彼らこそが家族だ。

すまない。私が行方知らずの間、君がとして頑張っていたことは聞いている。それには心から感謝している。
だが二人を愛する気持ちは変えられないんだ」


彼は今の自分の気持ちを隠さずに伝えてくる。それこそが私が愛しているエドだったけど、その真っ直ぐさが私の心を切り刻んでくる。


彼の言う愛する人とはもう私ではない。

彼のなかでは私は正妻という立場の人間でしかないのだろう、勿論そこには私への愛はない。


でも私は彼に真実私との愛を思い出して欲しかった。


「エド、あなたは忘れてしまっているけど、私達は愛し合っているわ。政略結婚ではなくてお互いに相思相愛で結ばれたの。まだ思い出せないみたいだけど、きっとこの屋敷で一緒に暮らせば思い出せるわ。
だってここにはいろいろな思い出が詰まっているもの。私達の想いだけでなく、築いてきたものすべてが…。
それをゆっくりでいいから見て思い出して。

私…待っているから、いつまでも待ってるから。
愛しているわ、エド」


口から紡がれたのは彼への想いだった。
私のことを忘れてしまった彼に愛を隠すことなく伝える。

あの女性と子供の存在よりも私と彼の関係を、これからを、考えたかった。
彼にも一緒に考えても欲しかった。

そして二人でこの困難を乗り越えたかった。


でもそれは私だけで、…彼は違っていた。

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