25 / 57
25.近づく距離④
しおりを挟む
「じゃあ決まりだな。マリアは俺と一緒に夜会に参加しよう。これは侯爵子息と伯爵令嬢の約束だから、もう覆すことは許されない。
もしどちらかが約束を反故にしたらマイル侯爵家とクーガー伯爵家の責任問題にまで発展するな。お互いに責任重大だな、あっはっは」
そう言うヒューイはなんだかとても嬉しそうで、家同士の責任問題について言及している顔ではない。それに最後はしっかりと笑い声まで上げている。
その様は寡黙な側近というより陽気な側近にしか見えない。
両親も彼の言葉に『うん、うん』と頷きながらお互いに耳元で囁きあっている。
「そうなったら我が家は社交界から追放かな、それは困ったぞ先祖に顔向けができない」
「あらあら、それはとても困るわね。そうなったらどうしましょうか?あっ、でもこれは親である私達が穏便に対処すればいいことだから、そうなってもマリアには内緒にしておきましょう」
その声は丸聞こえで、囁きあってる風を装っているが完全に確信犯だ。
それに困ったと言いながら全然困った顔はしていない。いつも以上に晴れやかな表情を浮かべている。
兄にいたってはニヤニヤしながら『マリア、家を潰してこのお兄様を泣かすなよ』と軽口を叩いてとても楽しげだ。
明らかに秘蔵のお酒の飲みすぎだろう兄を軽く睨むが酔っ払いには全く効果はなかった。
「マリア、お兄様はとっても嬉しいんだぞ~。はっはっは、今日は最高だな!」
そう言いながら私にぎゅっと抱きついてくる。
お酒臭いが温かい抱擁。
そういえば幼い頃に私が泣いていると兄はいつも私を抱きしめて『お兄ちゃまがいるからな』と慰めてくれた。
兄にとって私はいくつになっても手の掛かる妹なのだろう。
私だってもう子供ではないのに。
お兄様ったら子供扱いして。
それがくすぐったいけれども嬉しくて、『もう飲み過ぎです、お兄様』と厳しめの口調で窘めながら兄の抱擁を笑って受け入れる。
大きな声で『彼と夜会に行きたい』と宣言するように叫んでしまった自分が今は恥ずかしいくて仕方がない。
でも自分の言葉を否定はしない。
行くこと自体は嫌ではない…というより彼との約束はとても嬉しかったから。
それは誤魔化しようがない事実。
一歩を踏み出すことをさっきまで躊躇していたのが嘘のようだ。
家族が優しく私の背中を押してくれ、ヒューイが一歩踏み出せずにいる私の手をしっかりと引っ張てくれたから、私は前に進むことが出来た。
彼らが臆病な私に勇気を与えてくれた。
「ありがとう」
私が今告げるべき言葉はこれだけ。
だから心を込めてみんなにこの言葉を贈る。
両親も兄もヒューイも笑顔を浮かべて、
「なんのことだ?」
「なんのことかしら?」
「…なに言ってるんだ?」
「俺こそありがとう、マリア」
と何もしていないふりをする。みんなの名演技ならぬ迷演技に思わず私が笑ってしまうとみんなつられるように声を上げて笑っている。
幸せを感じる瞬間。
彼らの優しさに包まれている私はどんなことでも乗り越えられる。
心からそう思っていると、不安なんていつの間にか消えてなくなっていた。
もしどちらかが約束を反故にしたらマイル侯爵家とクーガー伯爵家の責任問題にまで発展するな。お互いに責任重大だな、あっはっは」
そう言うヒューイはなんだかとても嬉しそうで、家同士の責任問題について言及している顔ではない。それに最後はしっかりと笑い声まで上げている。
その様は寡黙な側近というより陽気な側近にしか見えない。
両親も彼の言葉に『うん、うん』と頷きながらお互いに耳元で囁きあっている。
「そうなったら我が家は社交界から追放かな、それは困ったぞ先祖に顔向けができない」
「あらあら、それはとても困るわね。そうなったらどうしましょうか?あっ、でもこれは親である私達が穏便に対処すればいいことだから、そうなってもマリアには内緒にしておきましょう」
その声は丸聞こえで、囁きあってる風を装っているが完全に確信犯だ。
それに困ったと言いながら全然困った顔はしていない。いつも以上に晴れやかな表情を浮かべている。
兄にいたってはニヤニヤしながら『マリア、家を潰してこのお兄様を泣かすなよ』と軽口を叩いてとても楽しげだ。
明らかに秘蔵のお酒の飲みすぎだろう兄を軽く睨むが酔っ払いには全く効果はなかった。
「マリア、お兄様はとっても嬉しいんだぞ~。はっはっは、今日は最高だな!」
そう言いながら私にぎゅっと抱きついてくる。
お酒臭いが温かい抱擁。
そういえば幼い頃に私が泣いていると兄はいつも私を抱きしめて『お兄ちゃまがいるからな』と慰めてくれた。
兄にとって私はいくつになっても手の掛かる妹なのだろう。
私だってもう子供ではないのに。
お兄様ったら子供扱いして。
それがくすぐったいけれども嬉しくて、『もう飲み過ぎです、お兄様』と厳しめの口調で窘めながら兄の抱擁を笑って受け入れる。
大きな声で『彼と夜会に行きたい』と宣言するように叫んでしまった自分が今は恥ずかしいくて仕方がない。
でも自分の言葉を否定はしない。
行くこと自体は嫌ではない…というより彼との約束はとても嬉しかったから。
それは誤魔化しようがない事実。
一歩を踏み出すことをさっきまで躊躇していたのが嘘のようだ。
家族が優しく私の背中を押してくれ、ヒューイが一歩踏み出せずにいる私の手をしっかりと引っ張てくれたから、私は前に進むことが出来た。
彼らが臆病な私に勇気を与えてくれた。
「ありがとう」
私が今告げるべき言葉はこれだけ。
だから心を込めてみんなにこの言葉を贈る。
両親も兄もヒューイも笑顔を浮かべて、
「なんのことだ?」
「なんのことかしら?」
「…なに言ってるんだ?」
「俺こそありがとう、マリア」
と何もしていないふりをする。みんなの名演技ならぬ迷演技に思わず私が笑ってしまうとみんなつられるように声を上げて笑っている。
幸せを感じる瞬間。
彼らの優しさに包まれている私はどんなことでも乗り越えられる。
心からそう思っていると、不安なんていつの間にか消えてなくなっていた。
270
あなたにおすすめの小説
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる