愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと

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27.ダイソン伯爵夫人①

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パンター伯爵夫人とのやり取りを遠巻きに窺っていたは賢い選択をし、私達に無駄に近づいて来なくなった。


私とヒューイは二人だけの時間を果実酒を飲みながら楽しんでいると、彼の知人であり同僚でもある人物が足早に近づいて来て彼に早口で用件を伝えてくる。


「すまん、緊急事態だ。王太子殿下がこの夜会に来ているんだ。どうやらドイル公爵夫妻にも事前に知らせずに、数人の騎士を連れてお忍びでやってきたらしい。
殿下本人はお忍びだから挨拶不要といつものようにおっしゃっているらしいが、側近である俺達は一応顔を見せたほうがいいだろう。
夜会を楽しんでいるところ悪いが、一緒に行こう」


王太子殿下は視察も兼ねていろいろなところにお忍びで顔を出すとは聞いていたが、本当だったようだ。

同僚の話しを聞き、ヒューイは眉を顰めながら『まったく…』と小さく呟く。

その表情で彼がこの事態を快く思っていないことが伝わってくる。王太子殿下の身に不測の事態があっては大変だと側近として心配しているのだろう。

だがこの私の常識的な推察はすぐに覆されることになる。


「マリア、すまない。王太子に腸が煮えくり返っているが、礼儀として一応は挨拶をしてくる。
今日はずっと君と一緒にいる約束をしたのに本当に申し訳ない!離れるつもりなんてなかったのに…。
なるべく早くに戻ってくるからどうか待っていて欲しい。マリア、いいかな…」


どうやらヒューイは王太子殿下の心配は全くしていないようだ。それどころかかなり腹を立ている。
臣下なのに『迷惑な』とかさらりと言ってしまっている。



彼は私と離れることをなにより心配しているのがその言葉から伝わってくる。それは臣下として如何なものかと思うが、…それ以上に嬉しいと思ってしまう私がいる。



王太子が来ているのならば側近の彼が挨拶に行くのは当然で、予想できないことだったのだから彼の落ち度でもない。

もっと堂々と『行って来るけど待っていて』と言えばいいのに、彼は本当に申し訳無さそうに『いいかな…』と私に聞いてくる。

なんだか大きな身体が小さな子犬のように見えてきて、そんな彼も可愛いなと思ってしまう。


「もちろんここで待っているから早く挨拶に行ってちょうだい。私より王太子殿下を優先して!」

ここで少しの間一人になったとしてもなんの問題もない。
彼には大切なことを優先して欲しい。

「ありがとうマリア。まったくこんな時に来るなんて嫌がらせか…。絶対に許さん、…見てろよ書類を山積みして報復してやるからな馬鹿王太子め…」


 ああ…『迷惑な』が『馬鹿』になっているわ。
 ……それはだめよ、ヒューイ。
 


『ありがとうマリア』の後に続いた不穏な言葉は聞こえていないふりをする。
周りにも聞こえないようにわざと『ヒューイ、大丈夫よ。ここで待ってるわ!』と大きな声で返事をする。

だって彼のことはどんな時も守ってあげたいから。


だがそんな心配は無用だった。

彼を呼びに来た同僚も彼の言葉を咎めることなく笑っている。

「まったくお前って奴は本音だだ漏れ過ぎだぞ。まあいい、殿下の前でもその調子で頼む。お前ぐらいなもんだからな、勝手気ままなお忍びをする殿下にお灸を据える事ができるのは」

「任せろ、今日だけは見逃さない。全力で殿下にこのツケを払わせる」

どうやら不敬罪の心配などする必要がないくらい、ヒューイは信頼関係?を築けているようで、ほっとしながら『流石ヒューイね』と思う。



『ここにいてくれ、すぐに戻ってくるから』と何度も念を押しながらヒューイは私の元から離れていった。

その後ろ姿が見えなくなると私は近くにあった椅子に座り、彼が戻ってくるまで静かに待っていることにした。
どうやら久しぶりの夜会で少し疲れていたみたいだ。


何気なく周りを見ていると少し離れた場所がにぎやかなことに気づいた。

『いったいなにかしら?』とそちらに視線をやる。

そこには数人の女性と一緒に談笑しているラミアがいた。

綺羅びやかだが派手すぎない衣装を纏い、女性達の中心にいるその姿はダイソン伯爵夫人として相応しいものだった。


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