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21.ルイトエリンの過去②
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孤児という理由で差別されるのも腹立たしいけれど、生理的嫌悪のほうが地味に傷つくものだ。
いつだって黒いフードだけど、ちゃんと洗っているのにな……。
念のため袖に鼻を近づけて確認してみるけど、薬草の香りしかしない。貴族の令嬢のように甘い香りではないけれど、不快ではないはずだ。
私がそんなことをしていると、ルイトエリンは顔を近づけ『良い香りだね。俺は好きだな』と褒めてくれる。
そのさり気ない気遣いと優しさが、落ち込んでいた私を掬い上げる。
「誰しも好き嫌いはあるとは思うけど、彼は仕事に私情を持ち込む人じゃないんだよね。ヴィアちゃん、初対面の時になにかあった?」
「いいえ、普通に短い挨拶をしただけです」
彼に言われて思い返してみるが、失礼なことをした覚えはなかった。扉を叩いて『どうぞ』と言われてから部屋に入って挨拶をしただけ。あっちこそ碌に返事も返さず、失礼な態度だった。
「ヴィアちゃんの挨拶が素っ気なかったとしても、それで怒るような器の小さな人じゃないんだけどな」
「でも苛立っていましたよ。熊みたいに大柄な人ですけど、心の器は子鼠より小さいと思います」
あの時、ヤルダ副団長はなにかを呟いた後、拒絶の意を示すように私に背を向けたと説明する。
「なにを言っていたか正確に教えて、ヴィアちゃん」
「小さな声だったので聞き取れませんでした」
「うーん、そうか……」
ルイトエリンは考え込んでいる。尊敬できる人だと以前言っていたから、尚更納得出来ないのだろう。彼の人を見る目を疑うわけではないけれど、些細なことや、周囲からの影響を受け人は簡単に変わるものだ。
……前世の記憶がそれを教えてくれた。
「第一の騎士団長に感化されたのではないですか?朱に交われば赤くなると言いますし。とりあえず、ヤルダ副団長のことはこれからじっくりと観察していきます」
対策を講じるには敵を知る必要があるとばかりに宣言する。
もし聖女と裏で繋がっていたら要注意だ。
「うーん、なんかしっくり来ないな。俺がそれとなくヤルダ副団長を探ってみるから、ヴィアちゃんは無理しないで。万が一にも危ない目にあったら大変だから。それにストーカーと間違えられて訴えられたら大変だよ、ねっ?」
心配してくれるのは伝わってくるけど、ストーカーという表現に頬が引きつる。絶対にそれは嫌だ。私のことを嫌っている相手を追いかけ回しているなんて思われたくない。
私が頷くと、彼は『素直な子にはご褒美だよ』と私の開いた口に赤黒い実を放り込む。
それはなんですかと聞く間もなかったけれど、毒を盛ったりはしないはずだから、素直に噛むと口の中に甘酸っぱい味が広がる。
うん、美味しい!
「見た目は毒々しいけど美味しいだろ? この森にだけ生えている珍しい木苺なんだ。木に巻き付いた蔦に実がなるから、馬に乗っていると取りやすいから、子供の頃はよく食べていたんだ」
「初めて知りました。ルイト様は子供の頃にこの森に遊びに来ていたのですか?」
「……この森は俺が育った屋敷から近いからね」
貴族の領地についての知識はないのでピンとは来ないけれど、ライカン侯爵家の領地がこの近くにあるのだろう。
彼の最後の言葉は淡々としていて懐かしむ口調ではなかった。だから、それ以上聞くのはやめた。家族の話題は話を広げやすいけれど、人によっては触れられたくない場合もある。
たぶん、話したくないんだよね?
話題を変えようと『これ、お代わりありますか?』と催促すると、彼は近くになっている実をもぎ取りヒョイッと口に入れてくれる。
「ヴィアちゃんはなにも聞かないんだね。はっはは、俺には興味なし?」
彼は自嘲気味に尋ねてくる。テオドルから実家と絶縁状態だと聞いているのに、どうして何も聞かないんだと言っているのだろう。
いつもの軽口だったら『興味なしです!』と即答していた。
でも、いつもとは違うよね……。
彼は笑っている。でも、突き放すような言葉は今は言ってはいけない気がした。
――ただの勘。
でもその勘が外れていても、誰かを傷つけることはない。
「超絶美形で、たんぽぽの綿毛並に言動が軽くて、男女問わずモテモテ。それに加え、仲間からは信頼され慕われている。以上が私が知っているルイト様です。これ以上の情報が欲しい時は、自分の目でまた確かめます。だから聞きません」
「ヴィアちゃんらしい返事だね。くっくく、興味がないって言われなくて、喜ぶところかな?」
……うーん、それはどうだろうか。
「そこは喜ばなくていいですよ、ルイト様」
嘘はつかないでおく。
「いやいや、そこは喜ばせてよ!」
「いえ、ぬか喜びになるかもしれませんから」
「ぬか喜びでもいいのに~」
目を細める彼はいつもの調子に戻っていた。勘を信じて正解だったんだと思う。
「じゃあ、全然興味なし?」
「えっと、……たぶんでしょうか?」
特別にはないと思う。ただ、見掛けと中身の差異がちょっとだけ気になる時はあるけど、興味本位で尋ねるつもりはない。
「なんで返事に疑問符が付いてるの。まあ、それもヴィアちゃんらしくていいけどね」
彼の口から堪えきれない笑いが漏れる。
――柔らかい自然な笑み。
旅をして一週間、彼が浮かべる笑みに違いがあることに気づいた。いつだって彼は頬の筋肉を緩めてヘラヘラ笑っている。
でも、今みたいに少し違う時がある――子供みたいに楽しそうに笑っているのだ。……たぶん、こっちが彼の素顔。
それなら軽薄な笑みを浮かべ続けるいつもの彼はなんだろうか。
あなたはいったいなにを抱えているの……。
――ほんの少しだけ、私は彼のことを知りたいと思い始めているのかもしれない。
いつだって黒いフードだけど、ちゃんと洗っているのにな……。
念のため袖に鼻を近づけて確認してみるけど、薬草の香りしかしない。貴族の令嬢のように甘い香りではないけれど、不快ではないはずだ。
私がそんなことをしていると、ルイトエリンは顔を近づけ『良い香りだね。俺は好きだな』と褒めてくれる。
そのさり気ない気遣いと優しさが、落ち込んでいた私を掬い上げる。
「誰しも好き嫌いはあるとは思うけど、彼は仕事に私情を持ち込む人じゃないんだよね。ヴィアちゃん、初対面の時になにかあった?」
「いいえ、普通に短い挨拶をしただけです」
彼に言われて思い返してみるが、失礼なことをした覚えはなかった。扉を叩いて『どうぞ』と言われてから部屋に入って挨拶をしただけ。あっちこそ碌に返事も返さず、失礼な態度だった。
「ヴィアちゃんの挨拶が素っ気なかったとしても、それで怒るような器の小さな人じゃないんだけどな」
「でも苛立っていましたよ。熊みたいに大柄な人ですけど、心の器は子鼠より小さいと思います」
あの時、ヤルダ副団長はなにかを呟いた後、拒絶の意を示すように私に背を向けたと説明する。
「なにを言っていたか正確に教えて、ヴィアちゃん」
「小さな声だったので聞き取れませんでした」
「うーん、そうか……」
ルイトエリンは考え込んでいる。尊敬できる人だと以前言っていたから、尚更納得出来ないのだろう。彼の人を見る目を疑うわけではないけれど、些細なことや、周囲からの影響を受け人は簡単に変わるものだ。
……前世の記憶がそれを教えてくれた。
「第一の騎士団長に感化されたのではないですか?朱に交われば赤くなると言いますし。とりあえず、ヤルダ副団長のことはこれからじっくりと観察していきます」
対策を講じるには敵を知る必要があるとばかりに宣言する。
もし聖女と裏で繋がっていたら要注意だ。
「うーん、なんかしっくり来ないな。俺がそれとなくヤルダ副団長を探ってみるから、ヴィアちゃんは無理しないで。万が一にも危ない目にあったら大変だから。それにストーカーと間違えられて訴えられたら大変だよ、ねっ?」
心配してくれるのは伝わってくるけど、ストーカーという表現に頬が引きつる。絶対にそれは嫌だ。私のことを嫌っている相手を追いかけ回しているなんて思われたくない。
私が頷くと、彼は『素直な子にはご褒美だよ』と私の開いた口に赤黒い実を放り込む。
それはなんですかと聞く間もなかったけれど、毒を盛ったりはしないはずだから、素直に噛むと口の中に甘酸っぱい味が広がる。
うん、美味しい!
「見た目は毒々しいけど美味しいだろ? この森にだけ生えている珍しい木苺なんだ。木に巻き付いた蔦に実がなるから、馬に乗っていると取りやすいから、子供の頃はよく食べていたんだ」
「初めて知りました。ルイト様は子供の頃にこの森に遊びに来ていたのですか?」
「……この森は俺が育った屋敷から近いからね」
貴族の領地についての知識はないのでピンとは来ないけれど、ライカン侯爵家の領地がこの近くにあるのだろう。
彼の最後の言葉は淡々としていて懐かしむ口調ではなかった。だから、それ以上聞くのはやめた。家族の話題は話を広げやすいけれど、人によっては触れられたくない場合もある。
たぶん、話したくないんだよね?
話題を変えようと『これ、お代わりありますか?』と催促すると、彼は近くになっている実をもぎ取りヒョイッと口に入れてくれる。
「ヴィアちゃんはなにも聞かないんだね。はっはは、俺には興味なし?」
彼は自嘲気味に尋ねてくる。テオドルから実家と絶縁状態だと聞いているのに、どうして何も聞かないんだと言っているのだろう。
いつもの軽口だったら『興味なしです!』と即答していた。
でも、いつもとは違うよね……。
彼は笑っている。でも、突き放すような言葉は今は言ってはいけない気がした。
――ただの勘。
でもその勘が外れていても、誰かを傷つけることはない。
「超絶美形で、たんぽぽの綿毛並に言動が軽くて、男女問わずモテモテ。それに加え、仲間からは信頼され慕われている。以上が私が知っているルイト様です。これ以上の情報が欲しい時は、自分の目でまた確かめます。だから聞きません」
「ヴィアちゃんらしい返事だね。くっくく、興味がないって言われなくて、喜ぶところかな?」
……うーん、それはどうだろうか。
「そこは喜ばなくていいですよ、ルイト様」
嘘はつかないでおく。
「いやいや、そこは喜ばせてよ!」
「いえ、ぬか喜びになるかもしれませんから」
「ぬか喜びでもいいのに~」
目を細める彼はいつもの調子に戻っていた。勘を信じて正解だったんだと思う。
「じゃあ、全然興味なし?」
「えっと、……たぶんでしょうか?」
特別にはないと思う。ただ、見掛けと中身の差異がちょっとだけ気になる時はあるけど、興味本位で尋ねるつもりはない。
「なんで返事に疑問符が付いてるの。まあ、それもヴィアちゃんらしくていいけどね」
彼の口から堪えきれない笑いが漏れる。
――柔らかい自然な笑み。
旅をして一週間、彼が浮かべる笑みに違いがあることに気づいた。いつだって彼は頬の筋肉を緩めてヘラヘラ笑っている。
でも、今みたいに少し違う時がある――子供みたいに楽しそうに笑っているのだ。……たぶん、こっちが彼の素顔。
それなら軽薄な笑みを浮かべ続けるいつもの彼はなんだろうか。
あなたはいったいなにを抱えているの……。
――ほんの少しだけ、私は彼のことを知りたいと思い始めているのかもしれない。
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