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67.黒き薬師はその手を掴んで離さない②

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「返事をくれないか、ヴィア」

まだ口づけの余韻でフラフラしている私に向かって、彼が催促してくる。本当に狡い。私のことをこんなふうにしておいて、彼は息ひとつ乱れていない。

それなのに色っぽさがましていて、更に私をドキドキさせる。

 ……反則すぎますよ。


唇は離れたけれど絡めあっている手はまだそのままだった。これから先もずっと繋ぎ続けていく道を私は選ぶ。

でも、その前に告げたいことがある――前世のこと、今世でのこと。

すべてを伝えることに意味があるかは分からない。
それでも、私は話しておきたいと思った。こんなふうに思えるのは彼を心から信頼しかつ、愛しているからだろう。


ルイトエリン・ライカンは私にとって特別な人。


私が彼から少しだけ体を離すと、彼は不満そうな顔をしてくる。そんな顔をされても困る。色気がだだ漏れなルイトエリンが悪いのだ。

「俺はヴィアと離れたくない」
「これは私の理性を保って話すのに必要な距離ですから」
「保たなくても全然いいぞ」

凄く悪い顔をしているルイトエリン。きっと良からぬことを考えているのだ。

 ……で、でもルイト様とならいいかな……。

彼に引き寄せられてしまいそうになる私。

将来を誓いあった者同士ならそういう関係に進んでもおかしくない。しかし、ちゃんと伝えた後にしたい。

 ……しっかりしようね、私。

流されそうになる自分を心の中で叱る。でも、私はそんなに悪くないと思いながら、恨めしそうな目で格好良すぎる彼を見る。

 
「心の準備とかいろいろあるんです。順番は大切ですよ、ルイト様」
「そうだな、だが俺の準備は万全だ」

真顔で言うルイトエリン。もう黙って欲しいというか、そんな目で見ないで欲しい。もはやその目は理性を破壊する凶器である。
なんとも思っていなかった時は平気だった。人は見た目ではなく中身が大切という信条も変わっていない。でも、彼を全力で愛している今は無理、……堕ちそうだ。

「では、全力で待ってをお願いします!」

――懇願する。

「いやいや、俺は犬じゃないんだが――」
「(ご飯の時に)ルイリアは出来ますよ。熊に出来て、ルイト様が出来ないなんてことは、ま・さ・か・ありませんよね?」

――今度は脅す。

「…………たぶん、ない」

渋々という感じで答えるルイトエリン。私の必死さに折れたという感じだ。


私はふぅと長い息を吐いてから、なんとか拳一つ分の距離を空けたまま、彼を見上げる形で話を始める。

「返事をする前に聞いてもらいたいことがあります。楽しい話だけではないですけど、ルイト様には私のすべてを知ってもらいたいんです」
「聞かせてくれ、ヴィア。それと、俺も話しておきたいことがある。正直きつい話になるが、ヴィアにも俺のすべてを知っていて欲しい。いいだろうか……」

私も彼とって特別な人になれていた。お互いに想いは同じだったのだ。

「聞かせて欲しいです。ルイト様のすべてを私が受け止めます」

彼が背負っているものをすべて知っているわけではない。でも、お互いに長い話になるだろう。そして、上手く話せないこともあるかもしれない。互いに支え合い、愛し合い、信頼しあうとは、とても難しいことだと思う。でも、不安はない。

 ……私達ならきっと大丈夫だ。

時間がいくら掛かってもいい。だって、これから一生をともに歩んでいくのだから、いくらだって時間はある。



私達が見つめ合っていると、彼が意味ありげに微笑んでくる。

「そうだ、言い忘れていたことがあった。ヤルダ副団長からの言伝だ。『前世で果たせなかった約束を守る』だそうだ」
「約束? なにかあったかしら?」

心当たりがなくて首を捻っていると、ルイトエリンが自分のことを指さしていた。

「俺だ」
「ルイト様??」

ますます分からない。彼と前世の私とでは接点はない。なぜなら、同じ時代を生きていなかったからだ。

「姉ちゃんが行き遅れたら可哀想だから、俺がいい男を探しておいた。今、目の前にいる男がそうだって言ってたぞ」

幼い頃、あの子は冗談で私に言っていた。それをずっと覚えていたのだと知って、目頭がじんわりと熱くなる。

 でもね、テオ。まだ行き遅れてないわ……。

感動しながらも、しっかりと訂正を入れる私。大人げないだろうか。……たぶん、ないと思う。
今度リアテオルに会ったら、ぎゅっと抱きしめてその後しっかりお説教しようと思っていると、大きな手が私の頬に触れてくる。

「ヤルダ副団長のお眼鏡には適ったんだが、俺を気に入ったか? ヴィア」
「あの子は見る目があります。でも、紹介は不要でしたね。もうずっと前から、私はルイト様を愛しているんですから」

私が自分で彼を見つけた。そして、彼も私を見つけてくれた。
きっと私達は赤い糸で結ばれていたのだ。

「知ってたよ。そして、俺も心から君を愛している。もう二度と離さなくていいか? ヴィア」
「はい、ルイト様。死んでも離れませんから、覚悟してくださいね」
「それは怖いな、くっくく」

発言がちょっと重すぎたと反省する。

「ごめんなさい、死んだら離れますね」
「いや、離れないでくれ。もう撤回は認めない。どんなヴィアだって俺は愛しているから」
「死んだら腐りますけどいいですか?」
「もちろん構わない。骨になってもヴィアはヴィアだ」

二人の会話がどんどん不気味になっていく。でも、私が気になっているのはそれではなかった。

 な、なんですかっ! その色気ましましの目つきは……。

彼は私の髪を意味ありげに撫でながら、熱い眼差しを向けてくる。拳一つ分の距離なんていつの間にかなくなっていた。
二人の体がぴったりと重なって、どちらの体温だが分からなくなっている。どちからともなく口づけが始まり、私達は想いを温もりという形で思う存分伝えあっていく。


結局、お互いの熱を交換し合いながら、少しずつ背負っている過去を言葉にしていった。順番が違うところもあったけれど、それはそれで良かったのかもしれない。

重い過去を言葉にして紡ぐには、お互いの温もりを支えにする必要があったと思うから。そうでなければ、すべてを伝えるなんてきっと無理だった。




翌朝、目覚めると、私は彼の腕の中にいた。

「おはよう、ヴィア。そろそろ、返事をもらえるかな?」
「不束者ですがよろしくお願――」

せっかく返事をしようとしたのに、最後まで言わせてもらえなかった。覆いかぶさるように口を塞がれたのだ、もちろん手ではなく、彼の唇で……。

 


――ひっそりと暮らしていくのはもう無理みたいだ。



**********************
読んでいただき有り難うございます(〃ω〃)

あと一話で完結予定です。最後までお付き合いいただけたら幸いです♪


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