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6-9 明日香に芽生えた気持ち

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 今を遡る事約2時間前―

明日香と翔は沖縄のホテルのカフェにいた。

「やっぱり沖縄は最高よね~。私、海が大好きよ。」

明日香は満足げにアイスハイビスカスティーを飲みながら言った。

「ああ・・・そうだな。だけど・・・明日香。お腹の具合は大丈夫なのか?お前のお腹には俺と明日香の子供がいるんだからな?」

翔は心配気に言う。

「まあ、今の所は大丈夫よ。多分・・・今回は産めるんじゃないの?」

明日香はまるで他人事のようにのんびりした口調で言う。

「そうか・・ならいいんだが・・・。」

それでも翔の不安は拭いきれない。前回は子宮外妊娠と思いがけない出来事があったのだ。今回はその心配は必要なくなったのだが・・・。

「翔・・・心配してくれてるのね?私が無事出産出来るかどうか・・・それで、お父様や御爺様には話したの?」

明日香は意味深な顔で翔を見つめた。

「話したって・・?」

「決まってるじゃない。子供が出来たって事。・・・自分の。」

明日香は敢えて私の・・・とは言わなかった。何故なら・・・。

「い、いや・・・まだ話していない。だって話せば・・・。」

「朱莉さんに会いにお爺様とお父様が日本に帰国して来るかもしれない・・からでしょう?」

明日香はストローでハイビスカスティーを飲み干すと言った。

「ああ・・。そうだ。だから・・・明日香、お前が出産してから2人には話をしようかと思っているんだ。」

翔は眼を伏せながら言った。

「でもどうするの?出産後・・・お父様と御爺様に話をしたとして・・・何故もっと早くに言わなかったと責められたら・・・?責められるのは翔だけじゃなく、朱莉さんだって責められるのよ?それとも朱莉さんの方から無事に出産するまでは報告しないで貰いたいと言われたとでも言うつもりだったの?」

「・・・・。」

翔は黙ってしまった。

「・・・まあ・・!翔・・・やっぱりそうだったのね?!フフフ・・・貴方って思った通り・・最高の男よ・・・。」

明日香は翔にしなだれかかると言った。

「仕方無いんだ・・・・。祖父に反感を買えば・・・会社の後を継がせて貰えないからな・・・。それに後5年で朱莉さんとの契約婚は終了するんだ・・・。だから朱莉さんには悪いが・・・。多少の犠牲にはなって貰う事になるかもしれないな・・・。明日香、俺はやはり最低な男だよ・・・。」

明日香の髪に顔を埋めると翔は言った。
そんな翔を優しく抱き留めながら明日香は言う。

「確かに・・・翔。貴方は卑怯な男かもしれないけど・・・私にとっては最高の男よ?琢磨がどう言おうとね・・・。」

「琢磨?何故そこで琢磨が出て来るんだ?」

しかし、明日香は翔の質問には答えずに耳元で囁いた。

「仕方ないのよ。私達の中を世間に発表出来るまでは・・多少の犠牲はつきものよ。」

そして明日香は翔から離れ、立ち上がると言った。

「それじゃ、翔。部屋に行って荷物を置いたら出掛けましょう?私・・水族館へ行きたいわ。」

「ああ。そうだな・・。」

そして翔も立ち上がった時・・・・。
突然明日香がお腹を抱えてうずくまった。

「う・・う・・・。」

「明日香?!明日香?!どうしたんだっ?!しっかりしろ、明日香!」

カフェに翔の叫び声が響き渡った―。




 「え?切迫早産の可能性ですって?」

明日香が救急車で運び込まれたのは沖縄で一番大きな病院だった。

「ええ・・・奥様は今切迫早産の危機に晒されています。最低でも・・・絶対安静で2か月は入院して頂く事になります。」

するとそれを聞いていた明日香がベッドの上から喚いた。

「何ですって?!2か月もじっとここで入院していなくちゃならないの?!冗談じゃないわっ!」

「落ち着いて下さい!お腹の子供に障りますよ!」

看護師が明日香を宥めている。

「ふざけないでよっ!折角沖縄まで遊びに来たって言うのに・・・このままじゃ退屈で死にそうよっ!」

「落ち着いて下さい、もし今のまま早産で出産してしまえば・・・将来お子様が何かしらの障害を抱えて生まれてきてしまう可能性だってあるかもしれないんですよ?ここは貴女とお子様の将来の為を考えて、大人しくして下さいっ!」

とうとう医者にきつく言われた明日香は・・・そこでようやく静かになった。

「兎に角2か月は絶対入院になります。手続きがあるので、後で窓口へいらして下さいね。」

看護師が翔に声を掛けると、医者と看護師は病室から立ち去って行った。

「明日香・・・。」

翔はベッドに横たわり、じっと天井を見つめている明日香に声を掛けた。

「・・・バチがあたったのかしら・・・。」

明日香がポツリと言った。

「バチ?何故そう思うんだ?」

「だって・・・自分が産んだ子供を・・これから朱莉さんに押し付けて育てさせようと考えていたから・・・。」

「明日香・・・。」

翔は明日香の側に行くと髪を撫でながら言った。

「明日香、琢磨は・・・何処か地方都市で明日香を出産させようと考えていたんだ。勿論朱莉さんも明日香の近くに置く考えでね。だけど・・こうなった以上、明日香。沖縄で子供を産むことにするんだ。琢磨にも連絡を入れるよ。そして・・・2人をここに呼び寄せる。」

「え・・ええっ?!朱莉さんまで・・ここに呼ぶの?だって・・・それじゃあんまりにも・・・。朱莉さんにだって東京での生活が・・・。」

そこまで言いかけて明日香は言葉を飲み込んだ。

「大丈夫だ、きっと琢磨が朱莉さんを説得してくれる。・・・それに彼女にはそれなりの金額を払っているんだ。何ならまた手当てを増やしてやってもいいと考えている。そうすれば朱莉さんだってきっと沖縄に来る事を納得するだろうさ。それじゃ電話をかけてくるから、大人しく待っていろよ?」

そう言い残すと翔は病室を出て行った。

「翔・・・。」

そんな翔を見つめながら明日香は思った。

(え・・?私は今何を言おうとしていたの?今迄・・・朱莉さんの事なんか気にも留めずに暮らしてきたのに・・・?だけど翔は・・・・。翔は私の事だけを考えてくれている。それについては感謝すべきなのだろうけど・・・でも・・・。)

何故なのだろう?何故ここまで来て、明日香は少しだけ朱莉に対して罪悪感を感じるようになってきたのだろうか・・・?
明日香は自分の中に芽生えたある感情に戸惑うのだった—・



「すまない、朱莉さん・・。どうやら明日香の出産場所は・・沖縄になりそうだ。」

電話を切ると、沈痛な面持ちで琢磨は明日香を見た。

「え・・?翔さんは・・・本気で私を沖縄へ・・・・?」

朱莉は言葉を振るわせながら言った。

「ああ・・・・。翔がそう言って来た。明日香ちゃんは最低でも2か月は病室のベッドの上で安静に過ごしていないといけないらしいんだ。取りあえず・・翔が俺を呼んでるからすぐに現地へ向かわないと。朱莉さんは・・色々準備があると思うからすぐには沖縄へ行けないと思うが・・・当面向こうで生活するのに必要な荷造りはして置いて貰えないか?つまり・・・臨時の引っ越しの準備を・・。」

琢磨はじっと朱莉を見ながら言った。

「・・・分かりました。翔さんが・・・そう言っているのなら・・・私はそれに従うまでです・・・。」

朱莉は悲し気に目を伏せると言った。

「すまない・・・。朱莉さん。俺はもっと東京に近い・・・地方都市を考えていたのに、まさか沖縄になるなんて・・・・。」

言いながら琢磨は思った。
これで・・・俺も滅多に朱莉さんとは会う事が出来なくなるな・・・と。
そして琢磨は顔を上げると言った。

「取りあえず・・・朱莉さん。出来れば・・ゴールデンウィーク期間中に沖縄に短期移住が出来るように準備をして置いて貰えないか・・・。本当にごめん。」

「いえ、九条さんは・・何も悪くありません。どうか気にしないで下さい。」

すると琢磨は申し訳なさそうな表情を見せると玄関へ向かった。

「それじゃ、朱莉さん。沖縄でまた会おう。詳しいやり取りは、又電話かメッセージで話し合おう。」

それだけ言うと、玄関のドアは閉められた。

少しの間、朱莉はドアを見つめていたが・・・やがて部屋へと戻って行った。

臨時の引っ越しの準備をする為に―。
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