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6-10 沖縄の夜の会話

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 その日の夜―

琢磨は沖縄に降り立っていた。鳴海グループの力を持ってすれば、いくら繁盛記の季節とは言え、航空券のチケットを押させる事など造作は無かった。

「ふう・・・しかし、沖縄は暑いな・・・。」

琢磨はガーゼハンカチで汗を押さえながら、メッセージをチェックした。
そこには翔からの指示で、用意してもらいたい品や、会社の資料・・・そして入院先の病院の住所や連絡先が記載されている。
琢磨はそのメッセージを見ると忌々し気に舌打ちした。

「チッ!全く・・・俺は買い物要員で呼ばれたのか?仮にも鳴海グループの秘書の立場にいる俺を・・・。」

 実は・・・・琢磨には翔に内緒にしているある秘密があったのだ。
それは会長直々に自分の秘書にならないかと打診されていたのである。つまり、琢磨はそれだけ有能な秘書だと言う訳だ。

「これ以上・・・・朱莉さんをないがしろにするような行いをすれば・・翔。俺はお前の秘書をやめて・・・会長側につくからな・・・。」

琢磨は小さく呟くと、翔に頼まれた買い物をする為に繁華街へと足を向けた―。

 
 琢磨が翔に言われた全ての買い物を終え、タクシーで病院へ着くと既にエントランスで翔が琢磨を待っていた。

「琢磨、折角のゴールデンウィークの休み中に悪かったな。」

翔が笑顔で駆け寄って来た。

「ほらよ、頼まれていた買い物だ・・・。全く、俺が東京に残っていたから良かったものの、仮に海外へでも行っていたらどうするつもりだったんだ?」

紙袋を押し付けながら琢磨が言うと、翔は少しの間考え込む素振りを見せていたが・・・やがて言った。

「う・・・ん・・。考えてもいなかった。でも台湾当たりだったら呼び寄せていたかもな?」

「おまえっ!ふざけるなよっ!」

琢磨はイライラしながら言った。

「す、すまん。今のはほんの冗談だ。そうしたら自分で何とかやっていたさ。」

「その話・・ほんとうだろうな?」

じろりと琢磨は睨みながら言う。

「あ、ああ・・・。勿論だって。」

「それで、ゴールデンウィークが終われば・・・翔、お前は東京に戻るんだろう?」

琢磨は腕時計を見ながら言った。

「・・・・。」

「おい?翔・・・何黙ってるんだよ?」

「やはり・・直ぐに東京に戻らなければ・・駄目だろうか?」

「はあ?今・・・何て言った?」

「いや・・2、3日は・・・明日香の側にいてやりたいと・・。」

翔は目を伏せながら言った。

「・・・・また明日香ちゃんに泣きつかれたのか?」

「いや、そうじゃない。でも・・・そうなるかもしれない・・・。」

「よし!だったら俺が直接明日香ちゃんに話を付けに行く!翔、病室は何処だっ?!早く連れて行けっ!」

「わ、分かった。案内する。案内はするが・・・明日香は絶対安静なんだ。頼むから明日香を興奮させるような事はしないでくれっ!」

翔は琢磨に懇願した。

「それは明日香ちゃん次第だな。いいか?お前は鳴海グループの副社長で・・いずれは社長になるんだろう?時には明日香ちゃんに強い態度を取る事だって必要なんだよ!」



そして琢磨は意気込んで明日香の元へと足を運んだのだが・・・・。



「あら、いいわよ。私は別にそれでも。」

「え・・・?明日香ちゃん・・・。本気で言ってるのか?今の言葉・・。」

琢磨は呆気にとられながら明日香に尋ねた。

「ええ、そうよ。翔がゴールデンウィーク明けに東京へ戻るって話でしょう?まあ当然そうなるわよね。仕方ないことよ。」

「・・・・。」

琢磨と翔は呆気に取られて口をぽかんと開けて明日香を見つめた。

「おい・・・明日香ちゃん。一体どうしたって言うんだ?今までなら散々駄々をこねて翔を困らせて・・・結局言いなりにさせてきたじゃ無いか?」

琢磨は目の前の明日香が本物かどうか、最早信じられない思いだった。

「何よ、琢磨・・・人聞きの悪い・・。でも言われてみれば確かに今迄の私はそうだったかもね。でも・・・不思議よね。」

明日香は天井を見ながら言った。

「明日香?何が不思議なんだ?」

翔が明日香の側へ行くと優しく声を掛けてきた。

「うん・・・お腹の中に子供がいるからなのか・・・もっと大人にならなくちゃって気持ちが不思議と芽生えてきたのよ・・。母になるってきっとこういう事を言うのかもね・・・。」

明日香は眼を閉じた。

「そ、それじゃ・・・子供が生まれたら子育てはやはり自分で・・?」

翔が尋ねると明日香は即答した。

「それは無理ね。でも・・・3年間は朱莉さんに頼むけど・・その後は、私が自分の手で育てるって決めてはあるからそれでいいでしょう?」

それを聞いた琢磨は苦笑した。

(何だよ、それ・・・。そんな考えじゃ、やっぱり明日香ちゃんはまだまだ子供の考えが抜け切れてないな・・・。)

「まあ、明日香ちゃんが納得してくれたなら安心だ。これで翔、連休明けは心置きなく東京に戻って仕事出来るな?それじゃ、俺はもう行くから。」

翔の肩にポンと手を置くと琢磨は言った。

「え?行くって・・・何処へ行くんだ?」

翔が背中を向けた琢磨に声を掛けた。

「おい!俺はなあ・・突然沖縄に呼ばれたから今夜の宿だって決まっていないんだよっ!今からホテルを探さなければならないんだからな?!もう行かせてくれよっ!」

琢磨は何処までも能天気な翔に苛立ち、声を荒げた。

「キャアッ!琢磨っ!病室で大声を出さないでよっ!」

明日香が耳を押さえる。

「あ・・悪かったな。明日香ちゃん。それじゃあな、翔。」

琢磨が病室から出ると、翔が追いかけてきて声を掛けた。

「琢磨。朱莉さんは・・・何て言ってた?」

「ああ。お前の指示なら・・・・それに従うまでだって言ってたよ。」

「そうか・・悪い事をしてしまったな。」

「そう思うならな・・・もう少し、朱莉さんに優しくしてやれ。翔・・・知っていたか?明日が朱莉さんの誕生日だって事。」

「え?!」

それを聞いた翔の顔色が変わった。琢磨は溜息をつくと言った。

「やはり・・・その様子だと知らなかったんだな?朱莉さんの誕生日の事・・・。全く朱莉さんも可哀そうだよ。明日が自分の誕生日だって言う時に・・突然沖縄に住まわせられる事を告げられるんだからな・・・。」

「・・・そういうお前はどうなんだよ。琢磨・・・お前は朱莉さんに・・何か誕生プレゼントを考えているのか・・・?」

翔は俯きながら琢磨に尋ねた。

「・・・かよ・・・。」

「え?今何て言ったんだ?」

翔は琢磨の顔を見て・・・ギョッとした。
そこには悲し気な顔をした琢磨がいたからだ。

「ど、どうしたんだ・・・琢磨・・・その顔は・・。」

しかし、琢磨はそれに答えずに言った。

「いいのかよ?秘書である俺が・・・仮にもお前の妻に誕生日プレゼントなんか渡して・・・これって世間的に見ておかしいと思わないのか?」

「・・・。」

翔はそれに答えられなかった。代わりにある疑問がより一層大ききなった。

(琢磨・・・お前、やっぱり朱莉さんの事・・・好きなんじゃないのか・・)


「それじゃあな、又明日顔を出す。宿が決まったら、明日は朱莉さんの新居を探さないとならないから。・・・出来るだけこの病院から近い場所を探すつもりだ。」

琢磨はそれだけを告げると、エントランスホールから出て行った。

何気なく夜空を見上げ、琢磨は呟いた。

「南十字星が・・・見える・・。」

そして再び視線を地上に戻すと、タクシー乗り場へと足を向けるのだった—。
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