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『灰被り姫』の姉の場合 3

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1

夜半―

 アルコールランプの元、アナスタシアは机に向かって自分が今迄繰り返して来た歴史を回想録としてノートに書き続けていた。数えきれない位、何度も同じ体験をしてきたのである。その全てを今のアナスタシアは思い出していた。
暫くの間はペンでカリカリと紙に走らせる音が聞こえ続けていたが、やがてペンを置くとアナスタシアは溜息をついた。

「ふう~・・・やっと書き終わったわ・・・。」

そして改めて読み返し、満足げに頷いた。

「うん。我ながら上出来だわ・・・。」

それは完璧な回想録として仕上がった。アナスタシアは読み直しながら呟いた。

「このままでいくと、後一月後にはジェイムズと母は再婚してしまうわ・・・。そして私達は贅沢三昧な暮らしをして・・家計が圧迫し・・・ジェイムズは働き過ぎて過労死してしまう。」

アナスタシアはその時の記憶を思い出すかのように目を閉じた。
お金が全て消えて無くなり、残されたのは屋敷だけ。全ての使用人はいなくなり、母トレメインと、アナスタシア、ドリゼラ、エラの4人だけとなってしまった。
そして使用人が居なくなってしまったこの屋敷で働かされたのが、後に『灰かぶり』と呼ばれたエラである。
エラに灰色の服に灰色の帽子をかぶせ、暖炉の中に寝かされたエラはいつも身体が灰まみれで・・・。

「本当に酷い話だわ。どうしてあの時の私はそんな残酷な真似をエラにしてしまったのかしら?そして当時の私はそれを少しも悪い事とは捉えていなくて・・。もしかして過去の記憶が蘇った事で、私自身の中にも変化が起こったのかしら・・?」

エラは首を傾げたが、これはエラにとっては大チャンスである。過去の過ちを繰り返さず、尚且つ、自身の心の中にも変化が現れた・・・。

「大丈夫。今度こそ同じ過ちは繰り返さない、私はもう二度とエラに意地悪はしないわ。そして5年後・・・エラが無事に王子様と結婚出来た暁には・・・あの家を出て、1人で生計を立てて生きていくのよ・・・。」

そこでアナスタシアは思った。
そもそも家が落ちぶれなければ、ジェイムズは過労死する事も無く、使用人達もいなくならず、エラは・・・召使同様の扱いを受ける事も無く、虐められる事も無かったのでは無いだろうか?

「そうだわ・・・・私がまず最初にやるべきことは・・母とドリゼルの無駄遣いをやめさせること・・・そしてジェイムズ家が落ちぶれないようにする事・・・。」

アナスタシアはジェイムズ家の領地について思い出そうとした。ジェイムズ家は辺境の地の伯爵家で、痩せた大地が彼等の領地だった。畑をやろうとしても農作物も美味く育たず、仕方なしに領民たちは痩せた土壌でも育つ綿花を育てていた。
そしてそこからさらに織物と言った特産品を作り、内外に売っていたのだが、領民たちがやっと飢えをしのげるかのような収益にしかならず、ジェイムズはその為に海に出て貿易の仕事も行っていた。
アナスタシアたちを家族に迎え入れてからは彼女達の散財が酷く、どんどんジェイムズ家は落ちぶれて行き・・・働き過ぎたジェイムズは過労死してしまったのだ。


「散財をやめさせる事も重要だけど・・まずはあの領地を何とか領民たちが安定した暮らしが出来るように改善していけないわ。とてもじゃないけど・・・綿花だけが特産品じゃ・・・豊かになれない。」

アナスタシアは考えた。
綿花以外に痩せた土地でも育つ・・・しかも大した手入れも無しに誰もが簡単に栽培出来る農作物は無い物かと・・・。

「明日・・・町へ行って図書館で農作物について調べてこよう。後は・・・そうだ。ハンスは農家の息子だったわ。彼にも農園の事について尋ねてみよう。」

アナスタシアはそこまでブツブツと独り言を言いながら、自分の考えをまとめるとベッドに入り、眠りについた―。


2

次の日―

アナスタシアはすっかり寝坊をし、ベッドから起き上がったのはもうすぐ昼になると言う時間であった。
慌てて飛び起き、身支度を整えて母トレメインの部屋を尋ねた。

「あら、随分遅い目覚めだったわね?アナスタシア。あまりにも起きるのが遅かったから貴女の今朝の食事は抜きよ?」

優雅に紅茶を飲みながらトレメインは言った。

「はい、お母様。別にそれは構いません。それで今から町に行きますので、外出の許可と馬を貸してください。」

アナスタシアは頭を下げた。

「町へ・・・・?でも今家の者の手が足りないから御者はつけられないわよ?」

「いえ。御者はいりません。私が1人で行きますので。」

「まああ・・・・アナスタシア。貴女本当に一体どうしてしまったの?あれ程ドレスが汚れるから馬にまたがるのは嫌だと言って来た貴女が・・・。」

まるで信じられないと言わんばかりに、母トレメインは目を見開いた。

「ですからお母様、この間申し上げたではありませんか。私はもう生まれ変わったのです。これからは今迄の悪い心を戒め、善人として生きて行こうと思っております。

大真面目に言うアナスタシアを見て、母トレメインは笑い飛ばした。

「ホホホホ・・・・ッ!まだ小娘のくせに随分と大人びた口を叩くようになったわね。まあ。いいいわ。好きになさい。」

トレメインはアナスタシアから視線をプイと逸らせると言った。

「はい、お母様。有難うございます。」

アナスタシアは頭を下げるとトレメインの部屋を後にした。



 アナスタシアは厩舎に着くと、自分で馬に蔵を付けるとひらりと飛び乗った。
そして手綱を掴むと、町へ向けて馬を走らせた―。

まず向かったのはハンスの家である。



「ねえ、ハンスはいるかしら?」

農家の夫婦の家を訪ねたアナスタシアは丁度粉ひき小屋で小麦を引いていた女に尋ねた。

「こ、これは・・・アナスタシア様っ!こ、こんなむさくるしい所にわざわざ・・・。」

女は頭を下げると言った。

「頭を上げて下さらない?そんな事の為に私はここへ来たのでは無いのですから。それよりもハンスはいるかしら?」

アナスタシアの質問にハンスの母は答えた。

「息子は今、商人の所へ種の買い付けに行っておりますが・・・?」

「まあ!それは何て良いタイミングなのでしょうっ!そこの商人の住所を教えて下さらない?」

アナスタシアは女から口頭で住所を聞き取り、メモを取ると頭を下げてハンスの家を後にした。
そしてそれを見送る女はポツリと言った。

「それにしても・・・一体アナスタシア様はどうされたのだろう・・・?以前にもまして美しくなられただけでなく・・・優しく、気品に溢れて見えたわ・・・。」




 アナスタシアは町へとやって来た。
そして住所を頼りにハンスが行ったとされる商人の家へと行く。
すると、中で罵声が聞こえて来た。

「はあっ?!ふざけるなっ!こんな金額でもっと種を下さいだとっ?!図々しい農民めっ!」

そしてヒュッと鞭が振り下ろされる音が聞こえた。

(大変っ!)

アナスタシアは急いで中へ飛び込むとそこには今にもハンスに鞭を振り下ろそうとする商人が目に飛び込んできた。

「ハンスッ!!」

アナスタシアは急いでハンスの元へ駆け寄り、その瞬間―

ビシイッ!!

激しい音が鳴り響いた。

「ウウッ!!」

あまりの焼けつくような激しい痛みにアナスタシアは叫び、目に涙が浮かぶ。

「げげっ!ア・アナスタシア様っ?!」

「お嬢様ッ!」

商人とハンスが同時に叫んだ。

「ウウ・・イ、痛い・・・・。」

アナスタシアは地面に倒れ込んだ。

「も・も・申し訳ございませんでしたっ!アナスタシア様っ!」

商人は土下座して謝る。

「お嬢様・・・何故、俺を庇って・・・。」

ハンスがアナスタシアを抱き起すと言った。

アナスタシアは商人をジロリと見ると言った。

「こ・・・この事を・・ばらされたくなかったら・・ハ、ハンスに・・・種を渡して頂戴・・・・。貴方は今までもそうやって・・弱い立場の農民から搾取してきたの・・・知らないとでも思っていたの・・?」

「ひいっ!も、申し訳ございませんっ!」

商人は慌てて口止め料として倍以上の種を渡し、その場はアナスタシアの犠牲で丸く収まったのであった—。



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