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『灰被り姫』の姉の場合 12 <完>

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 ベッドの中で青年は眠りについてしまったアナスタシアに愛おし気にキスすると言った。

「顔は見ない約束でしたが・・貴女の手に触れてみたい・・・。お許しください。」

青年は眠っているアナスタシアの耳元で囁くように言うと、手袋をそっと外した。そして現れたのはあかぎれだらけのアナスタシアの手だった。
それを見た青年は仮面の下で顔をしかめると、再び手袋をはめ、何事も無かったかのようにアナスタシアに寄り添うように青年も眠りについた。


カチコチカチコチ・・・

静かに時計の針が動く音で、不意にアナスタシアは目が覚めた。そして目の前に先程アナスタシアを抱いた青年が裸のまま寄り添うように眠っている姿を見て、心臓が止まりそうになってしまった。アナスタシア自身も裸のままである。

(あ・・・そうだった・・。私はこの男性に抱かれて・・!)

途端にアナスタシアの顔は真っ赤に染まる。そしてそれと同時に今の時間が何時なのか気になった。
キョロキョロ辺りを見渡すと、ベッドサイドに置時計が置かれている事に気付き、近くによって確かめると、後20分で夜中の0時になろうとしている。

(た、大変っ!お母様たちが心配してるわっ!)

アナスタシアは慌てて自分のドレスをかき集めたが、1人で着る事が出来ず、途方に暮れてしまった。

「どうしよう・・。私一人ではこのドレスを着る事が出来ないわ・・・。」

アナスタシアの目から涙が零れ落ちて来た。すると突然部屋の中央に眩しい光が満ちて、金の髪の神が現れた。

『アナスタシア・・・何を泣いているのだ?』

「ああ!神様っ!私はお母様たちの元へ戻らなくてはならないのに・・ドレスを1人で着る事が出来ないのです。どうぞ助けてください。」

すると神はベッドの奥をチラリと見ると言った。

『そうか。アナスタシアはあの青年と結ばれたのだな?』

神の言葉にアナスタシアは真っ赤になるも、頷いた。

『よし、分かった。お前は心根がすっかり優しい人間になったので力を貸してやろう。』

そして神がアナスタシアを指さすと、途端に光に包まれ、気付けばアナスタシアは先ほどのドレスを着用していた。

「神様!ありがとうございます。」

アナスタシアは両手を胸の前で組んで、神に感謝した。

『さあ、アナスタシア。それでは誰にも見つからないようにお前を母親達の前に運んでやろう。』
 
神がアナスタシアを抱き寄せると、一瞬で目の前の景色は舞踏会会場へと変わり、目の前には母とドリゼラ、そしてエラが立っていた。

「さあ、アナスタシア。そろそろ屋敷へ帰りましょうか?」

突然母に声を掛けられて、アナスタシアはビクリとした。

「え・・・?お、お母様・・・?い、いつの間に・・・?」

するとドリゼラが言った。

「まあ、何を言ってるのかしら。さっきから私達と一緒にいたくせに。」

「お姉さま・・・毎日畑仕事で相当お疲れなのでは無いですか?」

エラが心配そうに声を掛けて来る。

(きっと・・神様のお陰だわ。)

アナスタシアは自分で心の中に言い聞かせると、3人に言った。

「それでは屋敷に帰りましょう。」



 夜明け前・・・青年は突如として目を覚まし、愛しい女性に触れようと手を伸ばしたが、触れたのは枕だけだった。
慌てて飛び起き、ベッドの上に自分だけが残された事に気が付いた。

「そんな・・・僕を残して・・・帰ってしまうなんて・・。もう一度貴女と愛し合いたかったのに・・・。」

青年は髪をかきあげながら溜息をつくのだった—。


 パーティーの終わった翌日・・・この日はいつもより遅めにアナスタシアは起きると、シャワーを浴びにバスルームへ向かった。
そこで改めて鏡に映る自分の姿を見てアナスタシアは顔が真っ赤になってしまった。
アナスタシアの白い肌の至る所に青年に付けられたキスマークが残されていたのである。
慌てて、シャワーを浴びて身体を洗っても消えてくれない。

「わ・・私は・・何て事をしてしまったのかしら・・・。初めてだったのに見知らぬ男性に捧げてしまうなんて・・・。それどころか赤ちゃんが出来てしまったかも・・・!」

思わず絶望的な気分になり、アナスタシアはその場にうずくまってしまった—。


2

 仮面舞踏会が終わり、1週間程経過した頃・・・国中ではある話が持ちきりになっていた。この国に移り住んできた王太子が仮面舞踏化に参加したある女性を探し求めているという・・・。その話は辺境の地に住むジェイムズ家にも伝わって来た。

「それにしても・・・王子が探している女性とはどのような女性なのだろう。」

父ジェイムズが食事の席で言った。

「何でも、王子自らが足を運んで、女性の手を確認してるらしいわ。噂によるとその女性はとても美しい手をしているんですって。」

ドリゼラの話をアナスタシアは黙って聞いていた。

(美しい手・・・。きっとその女性は私のようなあかぎれだらけの手ではなく、とても美しい手をしているのでしょうね。でも・・・王子と言ったら・・エラの結婚相手では無かったかしら・・・?)

その時、突然ドアが開かれて慌てた様子の執事が部屋の中へ飛び込んできた。

「た、大変でございますっ!旦那様っ!王太子様がおいでになられました!お嬢様方に会わせて欲しいと仰っておりますっ!」

「まあ!王子様が?!」」

嬉しそうにドリゼラが言った。

「まあ・・・こんな所にまで現れたのですね。」

何故かエラは興味が無さげである。

「それでは私はハーブの手入れがありますので、失礼しますね。」

アナスタシアが立ち上るとジェイムズが慌てて言った

「アナスタシア、何を言っているのだい?君も王太子様の元へいかないと。」

「でも王太子様の探している女性は手が綺麗な女性ですよね?私の手はあかぎれだらけです。とても美しい手とは言えませんので、私には関係ない話ですから。」

すると母は言った。

「確かにそうかもしれないけれど・・・。」

「そうよ、アナスタシアみたいな汚い手は王子様に見せたってしかめっ面されるだけよ。それにどんな状況下でもライバルは少ない方がいいもの。」

「・・・。」

アナスタシアは黙ってその話を聞いていたが、本当にドリゼラの言う通りだと思った。

(そう言えば、あの時の男性にも手荒れが酷いって言われたもの・・・。)


「それでは、私は退席しますね。」

アナスタシアはその場を後にした―。



裏庭でハーブを植えていると、背後から声を掛けられた。

「すみません、貴女も・・・この屋敷の方ですよね?」

振り向くと、そこには以前アナスタシアに塗り薬をくれたあの時の青年が立っていた。
その身なりはとても立派で家柄の高い人物であることが分かった。

「あ・・貴女は・・・!」

青年は目を丸くしてアナスタシアを見た。

「薬をくれた・・・方ですか・・?」

アナスタシアは目を伏せながら尋ねた。
青年をみると、どうしてもあの時、押し倒されて無理矢理キスされて肌に触れられた記憶が蘇ってしまう。

(ま・・まさか・・・この方は王子様の命令で・・・舞踏会に参加した綺麗な手の女性をさがしているのかしら・・・。だったら・・・。)

「あの、王子様の探している女性は手の綺麗な女性ですよね?それでしたら私はとても該当する人間ではありません。なのでどうぞ他の女性を当たって頂けますか?」

すると青年は言った。

「綺麗な手かどうかは・・・僕が自分で判断します。アナスタシア。」

言うなり、青年はアナスタシアに近付くと、突然右手を掴み、じっと見つめた。
そして笑みを浮かべる。

「ああ・・・アナスタシア・・・。やはり貴女だったのですね・・・僕の愛しい女性は・・・。」

「え?な、何を仰っているのですか?私の手はこんなにあかぎれだらけで汚い手ですよ?!」

すると青年は言う。

「いいえ・・・働き者の・・・それは美しい手だと思います。あの日・・・貴女を愛した後、目が覚めた時愛しい貴女の姿が消えていたのを見た時・・・僕がどれだけ絶望的な気分になったか分かりますか?」

気付けばアナスタシアは抱きしめられていた。

「僕は貴女を愛しています。どうか僕と結婚して下さい。」

青年・・王太子はアナスタシアを強く抱きしめると耳元で囁くように言う。
アナスタシアには信じられなかった。何故なら王太子が選ぶのは自分ではなくエラなのだ。そしてそれまでは後2年の歳月が必要なのだ。

すると、そこへ父と母、ドリゼラ、エラ、そしてハンスが現れた。
王子はアナスタシアを抱きしめたまま言った。

「僕は彼女を愛しています。どうか城へ連れ帰る事をお許しいただけませんか?」

「し、しかし・・・アナスタシアはジェイムズ家の次期当主に・・。」

ジェイムズが言いかけるとエラが声を上げた。

「わ、私を当主にして下さいっ!私はハンスが好きなんですっ!今度から私が・・この領地を守る為に働きますっ!だから・・・。」

そしてエラは顔を真っ赤にしながらハンスに言う。

「ハンス・・・私では駄目ですか・・・?私は・・・貴方を愛しているんです・・・。」

「エラお嬢様・・・お、おれでよければ・・・。」

ハンスも顔を赤らめてエラを見つめる。するとドリゼラが言った。

「あ~あ・・・もう馬鹿らしくてこんな茶番劇、見ていられないわ。王子様、さっさとこんな薄汚れた姉を城へ連れ帰って頂けませんか?いつもそんなみすぼらしい姿で見るに堪えかねていたんですよ。」

「ドリゼラ・・・。」

アナスタシアは思わず胸が熱くなった。

「王子様、アナスタシアは我が娘とは思えない程に気立ての良い娘です。どうぞ・・・幸せにしてあげて頂けますか?」

母トレメインが言った。

「お母様・・・。」

「ええ。勿論誓います。僕はもう・・・アナスタシア以外の女性は欲しくはありません。アナスタシア・・・結婚して下さい。貴女でなければ駄目なんです・・。」

アナスタシアは目の前の王子があの夜、愛をこめて優しく抱いてくれた男性だと言う事が分かり、顔を赤らめながら言った。

「はい。私も貴方を愛しています・・・。」

そしてアナスタシアは家族の祝福を受けながら、王子と口付けを交わした・・・。



こうして『灰被り姫』の悲劇の姉は本の神様の言う通り、心を入れ替えて優しい王子に見初められ、ついに幸せを手に入れる事が出来たのでした。


めでたしめでたし―。

<完>
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