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マルセルの章 ① 君に伝えたかった言葉

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 3月―

ゴーン
ゴーン
ゴーン

教会の鐘の音が灰色に曇った空に鳴り響いている。

今日はアゼリアのお葬式の日だ。


教会に集まった人々は皆、喪服を着用し、悲しみに暮れている。
その中でも特に気の毒なくらいに泣き崩れている人物たちがいた。

「アゼリア…アゼリア…私より先に死んでしまうなんて…」

「ア、アゼリア様…。ウッウッウッ…」

アゼリアの母とケリーである。二人はアゼリアの棺にすがりつき、離れようとしない。二人の側にはアゼリアの父親とカイ、そしてヨハン先生が悲しげな顔で立っている。

「アナスタシア…少し中で休んだほうがいい」

エテルノ侯爵がアゼリアの母に声を掛けた。

「あ、あなた…アゼリアが…わ、私達の娘が…」

涙に濡れながら夫人は侯爵に訴える。

「ああ。分かっている…だが、他の参列者達もアゼリアに別れを告げたいだろうから…」

「…」

無言で頷くアゼリアの母を侯爵は抱き上げ、教会の中へ入って行くのを俺は黙って見つめていた。

「ケリー。君も少し休んだほうがいい」

ヨハン先生が棺にすがって泣くケリーの肩に手を置く。ヨハン先生の顔も辛そうだった。
でも、それはそうだろう。彼はアゼリアの主治医だったのだから。ヨハン先生はずっと自分の事を責めていた。もっと医術が発展していればアゼリアを救えたかも知れないのにと言って苦しんでいたのは誰もが知っている。

「ケリー。ヨハン先生の言う通りだよ…君も教会で休んだほうがいい」

カイの言葉にケリーは力なく頷き…ヨハン先生に抱きかかえられるようにケリーも教会の中へと消えていく。

「皆さんも…どうかアゼリアに最後の別れを伝えに来て下さい」

カイが集まった参列者達に声を掛け…オリバーを先頭にアゼリアの棺に向かって長い列が出来た―。


「…」

俺は列に並ぶことも出来ず、参列者達の様子を見つめていた。
誰もが皆目を赤くして泣いていた…。
オリバーにベンジャミン…教会の子どもたちに二人のシスター。スターリング侯爵夫人に母…。そしてイングリット嬢。

今、目の前で起きていることは本当に現実なのだろうか…?
実はこれらは全て俺が見ている夢の世界で、目が覚めれば元気な姿のアゼリアが笑顔で俺の前に現れてくれるのではないだろうか…?

その時―

「マルセル」

不意に名前を呼ばれて我に返る。振り向くと父が側に立っていた。父の顔には疲労の色が伺えた。

「父さん…」

「アゼリアにお別れを言いに並ばないのか?」

「…並びます…」

「よし、一緒に並ぼう」

「はい」

そして俺は父に続き、参列客の最後尾に並んだ―。


 参列客達は二人のシスターからアゼリアの花を受け取り、彼女の眠る棺に入れて別れを告げている。俺もアゼリアの花を受け取り…最後の別れを告げる番が回ってきた。

「マルセル…」

アゼリアの棺の側に立つカイが声を掛けてきた。

「カイ…」

今迄気付かなかったが、カイの目は赤くなっていた。

「アゼリアの為に…花を入れてあげてくれないか…?」

弱々しく、悲しげな笑みを浮かべながらカイが言う。

「…はい」

アゼリアの花を握りしめながら、俺は棺の中で眠るアゼリアを覗き込んだ。


「…!」

棺の中のアゼリアは…あの時、眠るように息を引き取った時の姿そのままで、とても美しかった。
本当にアゼリアは死んでしまったのだろうか…?まるで今にも目を開けて起き上がり、緑の美しい瞳で俺を見つめてくれるのではないだろうかと思える程に…。


「ア…アゼリア…」

思わず愛しい彼女の名前が口をついて出る。そして…気づけば涙が頬を伝っていた。


「アゼ…リア…」


この日、アゼリアが亡くなって初めて…俺は涙した―。


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