58 / 376
5-1 エルウィンの噂話
しおりを挟む
エルウィンがランベールを恫喝してから数日が経過していた。
アイゼンシュタット城の周囲はすっかり深い雪に包まれていた。
城門は固く閉ざされ、完全に外界から孤立していた。
吹雪も止むことが無く1日中吹き荒れ、城の外へ出る者はもはや1人もいなかった。
「本当に…話には聞いておりましたが、アイゼンシュタット城は過酷な環境下におかれているのですね」
仕事の合間の休憩時間…アリアドネはお茶を飲みながら窓の外を眺め、ポツリと言った。
「ええ、そうね。始めてここで冬を越すアリアドネには驚きかもしれないわね」
ここの使用人達の中では比較的アリアドネと年の近いセリアが返事をした。
「それにしても危ないところだったわね。兵士たちどころか、ランベール様にまで見つかってしまったのだから。本当に無事で良かったわよ」
マリアがクッキーをつまんだ。
「はい、エルウィン様が助けて下さったおかげです。それで…あの…」
アリアドネは言葉を濁した。
「ああ、分かってるって。もうシュミット様から話は聞いているから。本当はアリアドネはエルウィン様の妻になるべく、ここにやってきたんだろう?」
イゾルネがアリアドネに言った。
「はい、そうです。ですが、正確に言えば…本来は姉がエルウィン様に嫁ぐ予定だったのですが、父に私が身代わりとしてアイゼンシュタット城へ行くように命じたのです。私は…妾腹の娘でしたから」
「「「…」」」
一緒にお茶を飲んでいたマリア、イゾルネ、セリアはいつしか黙ってアリアドネの話を聞いていた。
「エルウィン様が…妾腹の人間を嫌っているという事も、妻を必要としていなかった事も…お会いして始めて知ったのです。それなのに、私のような者が押し掛けて来てしまったので、エルウィン様はさぞかしお怒りになってしまったのでしょうね」
アリアドネは寂しげに言う。
「それは違うよ、アリアドネ」
イゾルネが口を挟んできた。
「ああ、そうだよ。エルウィン様が妻を必要としていないのは…恐らく3年前の事件がきっかけだと思うんだよ」
マリアがアリアドネの肩に手を置いた。
「3年前…アイゼンシュタット城が敵国から攻められた時の話ですよね?」
「ああ、そうだよ。あの時…奥様は敵国に捕らわれて人質になってしまったのさ。それで城主様は奥様を助ける為に剣を下ろし…殺害されてしまった。それどころか奥様まで敵国は手にかけ…そこへエルウィン様率いる騎士達が現れて、敵の制圧に成功したのだけど…」
マリアがそこで言葉を切り…再び続けた。
「城主様と奥様の葬儀の時、エルウィン様は言ったんだよ。『敵に弱みを握られない為に自分は妻も娶らず、子も成さない…とね。だからね、エルウィン様はアリアドネのことが気に入らなくて、この城を追い出したわけじゃないんだ。色々な事情があって、この城にはいないほうが幸せになれると考えたから、追い出したに決まってるよ」
「そうだったのでしょうか…。でも確かにそれ程恐ろしい方では無のでしょうね…あ、皆さんにお願いがあるのですが…」
アリアドネは3人を見た。
「ええ、分かってるわよ。貴女の事はエルウィン様には内緒。宿場町から避難してきた領民という事にしておけばいいのでしょう?そしてエルウィン様の前では…リアと呼べばいいのよね?」
セリアが言った。
「はい。その様にお願いします」
その時、地下通路の方から声が上がった。
「エルウィン様…!どうされたのですかっ?!」
(え?エルウィン様…?)
アリアドネが声の聞こえた方角を見ると、地下通路に続く階段付近で男性寮の責任者と談笑しているエルウィンの姿があった―。
アイゼンシュタット城の周囲はすっかり深い雪に包まれていた。
城門は固く閉ざされ、完全に外界から孤立していた。
吹雪も止むことが無く1日中吹き荒れ、城の外へ出る者はもはや1人もいなかった。
「本当に…話には聞いておりましたが、アイゼンシュタット城は過酷な環境下におかれているのですね」
仕事の合間の休憩時間…アリアドネはお茶を飲みながら窓の外を眺め、ポツリと言った。
「ええ、そうね。始めてここで冬を越すアリアドネには驚きかもしれないわね」
ここの使用人達の中では比較的アリアドネと年の近いセリアが返事をした。
「それにしても危ないところだったわね。兵士たちどころか、ランベール様にまで見つかってしまったのだから。本当に無事で良かったわよ」
マリアがクッキーをつまんだ。
「はい、エルウィン様が助けて下さったおかげです。それで…あの…」
アリアドネは言葉を濁した。
「ああ、分かってるって。もうシュミット様から話は聞いているから。本当はアリアドネはエルウィン様の妻になるべく、ここにやってきたんだろう?」
イゾルネがアリアドネに言った。
「はい、そうです。ですが、正確に言えば…本来は姉がエルウィン様に嫁ぐ予定だったのですが、父に私が身代わりとしてアイゼンシュタット城へ行くように命じたのです。私は…妾腹の娘でしたから」
「「「…」」」
一緒にお茶を飲んでいたマリア、イゾルネ、セリアはいつしか黙ってアリアドネの話を聞いていた。
「エルウィン様が…妾腹の人間を嫌っているという事も、妻を必要としていなかった事も…お会いして始めて知ったのです。それなのに、私のような者が押し掛けて来てしまったので、エルウィン様はさぞかしお怒りになってしまったのでしょうね」
アリアドネは寂しげに言う。
「それは違うよ、アリアドネ」
イゾルネが口を挟んできた。
「ああ、そうだよ。エルウィン様が妻を必要としていないのは…恐らく3年前の事件がきっかけだと思うんだよ」
マリアがアリアドネの肩に手を置いた。
「3年前…アイゼンシュタット城が敵国から攻められた時の話ですよね?」
「ああ、そうだよ。あの時…奥様は敵国に捕らわれて人質になってしまったのさ。それで城主様は奥様を助ける為に剣を下ろし…殺害されてしまった。それどころか奥様まで敵国は手にかけ…そこへエルウィン様率いる騎士達が現れて、敵の制圧に成功したのだけど…」
マリアがそこで言葉を切り…再び続けた。
「城主様と奥様の葬儀の時、エルウィン様は言ったんだよ。『敵に弱みを握られない為に自分は妻も娶らず、子も成さない…とね。だからね、エルウィン様はアリアドネのことが気に入らなくて、この城を追い出したわけじゃないんだ。色々な事情があって、この城にはいないほうが幸せになれると考えたから、追い出したに決まってるよ」
「そうだったのでしょうか…。でも確かにそれ程恐ろしい方では無のでしょうね…あ、皆さんにお願いがあるのですが…」
アリアドネは3人を見た。
「ええ、分かってるわよ。貴女の事はエルウィン様には内緒。宿場町から避難してきた領民という事にしておけばいいのでしょう?そしてエルウィン様の前では…リアと呼べばいいのよね?」
セリアが言った。
「はい。その様にお願いします」
その時、地下通路の方から声が上がった。
「エルウィン様…!どうされたのですかっ?!」
(え?エルウィン様…?)
アリアドネが声の聞こえた方角を見ると、地下通路に続く階段付近で男性寮の責任者と談笑しているエルウィンの姿があった―。
85
あなたにおすすめの小説
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる