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無言の口付け

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 翌朝、目が覚めたヘルディは、現実の空気の汚さに鼻を押さえて苦笑した。

「やっちゃったなあ」

 夢への侵入はインキュバスの専売特許で、能力的な制限はないが規律によって戒められている。
 事前に目的を申請して、許可が下りないと使ってはならない。
 ……のだが。

 ―――バレなければいいか。

 さっとシャワーを浴びて、出勤の準備を整える。
 猿ぐつわの代わりになるものを探したが、ほとんど物がない簡素な部屋には望みのものは置いてなかった。

「まあ、なんとかなるだろう」

 元々、そこまで今の立場に未練があるわけでもない。
 こきこきと首を鳴らして、ヘルディは部屋から出る。

    ◇

 体感では数時間、本当に久しぶりに休息を取ったアリアは、しかし現実に戻ってきて自分の立場を思い知らされる。
 ヘルディによる焦らし責めを受けた体はとろ火で燃え続けており、絶えず触手によって全身を舐められるような快楽が走っていた。
 そして、間もなく体が動かされる。
 がこん、という音と共に触手が引っ込んで、腕の拘束が天井から引っ張られた。

「やあやあおはよう。夢見は良かったかい?」
「……さあ、どうでしょうね」

 調教師、ヘルディ=ベルガウル。
 休息を取れて気が楽になったのは確かだが、それを言ってやるのも癪でアリアは横を向く。
 その間にもきりきりと拘束は変わり、X字に吊られた状態で固定された。
 ヘルディの指が形のいい乳房に沈み、そこから炙られたような熱が広がる。指の腹で乳首を弾かれ、アリアは鼻から息を漏らした。

「ん……っ」
「綺麗な声で喘ぐね。夢の中みたいに、もっとたくさん喘いでも良いんだよ」

 すう、と唇を親指で撫でられる。
 その感触にぞわぞわとしながらも、アリアの脳裏に小さな疑問符が浮かんだ。

 ―――夢の中みたいに……?

 違和感を敏感に察知したのか、ヘルディは言葉を重ねる。

「今日はずいぶんとしおらしいね。やっぱり夢が効いたのかな? 気絶するまで、たくさん犯してあげたものね」
「え、……っと?」
「でも、喘いでくれないならもうその口は要らないかな」

 話が嚙み合わない。
 そして混乱している間に、ヘルディはアリアの言葉を奪った。
 流れるように、薄い唇を合わせられ、アリアは目を白黒させて首を振る。

「んむ、んんん……っ!」
「抵抗するなよ、面倒だな」
「ん、ぐっ」

 前髪を乱雑に持ち上げられ、頭を固定された。
 ぶちぶちと、数本抜けた髪を大事そうに懐にしまい、ヘルディはキスの合間に言葉を紡いだ。

「悶えて、呻いて、今日もたくさん焦らされなね。アリア」
「んう、ううう、むぅ、ん……っ」

 キスを受けたまま両の手で柔肌を撫でまわされる。
 堰が壊れたようにひっきりなしに蜜を垂らす媚肉を責められ、アリアはがくがくと腰を震わせる。

「んうう、ん、ん、んあああっ……! あ、あぁ……」

 耐えられるわけもなかった。
 一日がかりの寸止めでおかしくなった感度は、もう破裂寸前の風船に等しい。そこにさらに快楽を詰められ、果てそうになるとすっと指が離れる。
 目尻に涙の線を作って、それでもアリアは必死でヘルディを睨んだ。
 必死に首を振り、唇を離す。

「ぷあっ! 好き勝手、できると思ったら、大間違、い……んむっ、んあ、んんんっ!」

 言い切る前にまた、キスをされた。
 ぬるりと熱い舌が入ってきて、初めての感触に翻弄されるアリアは、ぱちりと合ったヘルディの目に体をこわばらせる。

 ―――何も言うな。

 ただ、それだけのメッセージ。
 何かを訴えるような意志を感じる黒い目と、執拗に舌を絡める責め手から意味を汲み取ったアリアは、わずかに悩んだのち、言葉を閉じた。
 そして牢に、控えめな喘ぎ声だけが反響する。

「ん、うう……っ、あああっ! あ、あぁ……。ゔううっ! ああっ!」

 陰核の皮を剥かれて、太腿を内向きにして果てそうになる。そこでまた指を離され、もどかしく震える。そこにチクリと、媚薬を注入されて、絶頂したかのように愛液が噴き出した。
 しかし、イかせてはくれない。
 結局その日も、アリアは何時間もの寸止めを受け続けた。

    ◇

「やあやあ、よく黙っててくれたね。聡くてなにより」
「……あえて全力で訴えてやろうかと、何度も思いましたがね」

 そして、二度目の夢の中。
 昼間の所業は脳から抜け落ちているのか、あるいはなんとも思っていないのか。
 ひらひらと手を振るヘルディに、アリアは侮蔑の表情を浮かべた。

「でも何も言わなかったってことは、だいたい裏事情まで察したんでしょ?」
「その上で叫んでやろうか悩んだ、と言っているのですよ」
「なんで」
「あなた、どれだけ私に恨まれているかわかっていないでしょう?」

 おそらく、ヘルディは昨日、アリアを徹底的に責めなければならなかったのだろう。
 しかし、それを途中で放棄し、あろうことか口止めを忘れたのだろう。
 監視カメラがあるらしい牢でアリアにそれを言われたら困るから、ああまで強引に言葉を奪ったのだろう。
 全部憶測だが、そう考えるのが一番しっくりきた。
 ヘルディは肩をすくめた。

「まあそうだね。君は僕を恨んでいるんだろうね。でも、僕だって仕事でやっていることだから割り切ってくれよ」
「…………じゃあ、なんでここでは、何もしないんですか」
「聞きたい? 後悔するよ?」
「ええ」

 アリアの問いに、ヘルディはくつくつと笑って言った。

「君がとても綺麗だから」
「…………やっぱり聞きたくなかったです。気持ち悪い」
「だから言ったのに」

 あくまでもへらへらと人を小馬鹿にした態度のヘルディに、アリアは深いため息をついた。
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