上 下
25 / 96

閑話 嘘偽りなく大好きだった (スタッド視点)

しおりを挟む


ーーー 良かったわ、テオパルトが無事で。あの子はうちの跡取りですもの。
何かあったら大変な事になってしまうわ ーーー



流行り病を患った末の息子が息を引き取って五日後。
まさか、扉の向こうで次男スタッドが聞いているとは思わなかったのだろう。
けれど、確かに聞いてしまった母の言葉は、スタッドに自身の立場を十分に思い知らせるものとなった。



最初に熱を出したのはスタッドだった。この時スタッドは六歳。わずか四歳の弟ロミレスは翌日に倒れた。七歳のテオパルトが熱を出したのは、それから二日後だった。

医者が呼ばれたのは、テオパルトが熱を出してから。それでも、ロミレスも倒れた時点で、兄の姿を見なくなった。
思えばあの時点で、兄は別室に隔離されたのだろう。スタッドとロミレスは同じ部屋で並んで寝かされていたが。

母はテオパルトに付き添った。メイド長もだ。
スタッドとロミレスには、当時の執事だったロータスとその息子テーヴ、そしてメイド二人が付けられた。

結局、高熱に苦しむロミレスは、熱が下がらないまま十日後に息を引き取った。そんな末の息子の最後の時になって、漸く母はスタッドたちの部屋を訪れた。


仲の良い家族だった。
厳格で礼節を重んじる父、家庭的な母。
学問が好きでいつも本ばかり読んでいる兄と、外遊びが大好きなやんちゃな弟。

家族が揃う食卓は、いつも笑顔で溢れていた。

仲の良い家族だと、大好きな家族だと、そう思っていた。少なくともスタッドは、心からそう信じていたのに。


扉の向こうで、母は死んだのがロミレスで良かったと言う。テオパルトが生きているから良いのだと。


ならば、自分もまた儚くなったとしても、母は同じ事を言ったのだろう、そうスタッドはぼんやりとした頭で考えた。


この二日前。
ロミレスの葬儀の日、母は遺影に縋りつく様にして泣いていた。
悲しそうに、苦しそうに、嗚咽を漏らしていたのだ。

その時のスタッドはと言えば、罪の意識に苛まれていた。


僕が、最初に病気になった。

僕がロミレスに病気をうつした。

僕が、病気に罹らなければ。

僕が弟を殺した。

僕のせいだ。僕が悪い。僕が、全部。



そう思って、夜が来るたびベッドを涙で濡らしていた。なのに。


母は良かったと思っていたのだ。

それに対して、父は。

父は、母の言葉に同意こそしなかったものの、母を嗜める事もまた同じくしなかった。父は終始、無言だったから。


ここでスタッドは妙に納得した。


両親は、テオパルトさえ居れば良いのだ。
自分が生きのびた事も、二人にとってはどうでも良いことなのだろう。


テオパルトには価値があって、自分とロミレスにはない。だから、死んでも構わない。


こうしてその日、弟を失った悲しみも癒えぬまま、スタッドは自分がこの世に無価値であると知った。


そうと分かると、世の中がやけにはっきりと白と黒に分かれているのを理解した。


長子は手元に置かれ、それ以外は適当に扱う。
要るものは大事にされ、要らないものは本当に要らないと分かる時まで、取り敢えず置いておく。

分かりやすくて、単純で、残酷な選別。


自分は両親にとって不要。後継ぎでもないスタッドが生きているのは、万が一の保険のため。テオパルトにまさかの事態が起きた時のための。だが、それは本当には起こってほしくない事で。


無事にテオパルトが次の当主になれば、スタッドなど用済みだ。いつ失くなっても構わない路傍の石ころと変わらない存在になる。



だが、スタッドはふと思った。


テオパルト本人に、本当に価値があるのだろうか?

価値があるのはテオパルト本人ではなく、誰よりも早く生まれたというその事実ではないか?


テオパルト本人が努力した訳でもない。ただ偶然、一番先に生まれて来た。価値があるのはその事実だけ。


それ故に、兄は医者を呼んでもらえた。
隔離して守ろうとした。
死ななくて良かったと、親に喜んでもらえたのだ。

それら全てはテオパルトの功績でも何でもない。

ただ偶然、運良く、一番最初に生まれて来ただけ。

たった、それだけで。

それだけで、ロミレスは。



ぷつん、とスタッドの頭の中で音がした。



・・・じゃあ。



その長子に何かあったら、両親は、あの母は、何と言うだろうか。


テオパルトこそが生き残るべき人間だと言う母は、その死に何を思うだろうか。


テオパルトではなく、スタッドが死ぬべきだったと、そう自分に告げるのだろうか。


それとも。





「テオ兄さん」


スタッドは書庫で本を読む兄の側に行き、微笑みかける。


「勉強しすぎだよ。少し休憩しない?」

「休憩か。じゃあお茶でも飲もうかな」


本を脇に置いたテオパルトに、スタッドは誘いをかける。


「お茶よりもさ、今日はすごく暑いから川で水遊びをしようよ。きっと涼しくて気持ちいいよ」


そうして、使用人にも護衛の者にも見つからないうちに、裏口からそっと外に出る。


ほんの数年前まで嘘偽りなく大好きだった、兄テオパルトと手を繋いで。
















しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

何もしなかった悪役令嬢と、真実の愛で結ばれた二人の断罪劇

恋愛 / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:320

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:171,153pt お気に入り:7,831

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:19,468pt お気に入り:3,528

【完結】王太子の側妃となりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:269pt お気に入り:6,019

先生の全部、俺で埋めてあげる。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:68

悪妃の愛娘

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,732pt お気に入り:3,169

【小ネタ集②】虐げられた、令嬢は……

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:115

処理中です...