【完結】君は強いひとだから

冬馬亮

文字の大きさ
2 / 58

好きだったのは、わたくしだけ

しおりを挟む


『はじめまして、僕はアッシュ。アッシュ・ロンド。よろしくね』

『はじめまして、ラエラ・テンプルです。よろしくお願いします』



 アッシュとラエラの婚約は、家同士の政略ではない。かと言って、どちらかがどちらかに一目惚れしたとかでもない。

 友人同士だった両家の父親が、酒を飲んでいる時に、爵位も同じ伯爵家だし子どもも同い年だし、とその場の流れで決まった婚約だ。


 だから、婚約の挨拶を交わした時が初対面だった。
 挨拶の時のアッシュは大人びて見えたけれど、交流で頻繁に会うようになって、実は彼がのんびり屋で、情にもろくて、結構なお人好しだと知った。

 けれど嫡男としての責任感もあって、厳しい後継教育に泣きべそをかきながら、それでも懸命に取り組むアッシュを見て、ラエラも婚約者として彼を支えられるようになりたいと思うようになった。

 優しくて少し不器用なアッシュを好きになったから。彼の婚約者になれて嬉しいと思ったから。


 アッシュが困ったら、すぐ助けられるように。
 判断に迷った時には、すぐに答えを提示できるように。

 頑張り屋のアッシュが、ラエラに弱った顔を見せられるように。ラエラにだけは甘えられるように。


 ラエラはずっと、頑張って、頑張って、頑張ったのだ―――









「私の言った通りだったでしょう、ラエラ。あの女は絶対に狙ってるって」

「・・・そうね。アナベラは最初からそう言って、わたくしの事を心配してくれてたわね。あの時にきちんと対応していたら違っていたのかしら」

「どうかしらね。あんな見え見えの手口に引っかかるような浅はかな男だもの。結果は同じだったかもしれないわよ」


 そう言いながら肩を竦めたのは、ラエラの親友である公爵令嬢のアナベラだ。

 学園入学時から意気投合し、友情を育んできた二人は、卒業を明日に控えた今も仲良し同士だ。
 預かった縁戚の男爵令嬢リンダを、いつの間にか婚約者のラエラより優先するようになったアッシュに怒り、学園で行動を共にする二人に冷たい視線を向けていたのもアナベラだった。


「それに学園での行動を諌めたって、どうせ帰る屋敷は一緒なんだもの。嫡男と同い年の令嬢を行儀見習いで預かるとか、いくら遠縁でも我が公爵家うちなら話が来た時点で断るわ。怪しすぎるでしょう」

「夫人もね、最初は預かるのを反対していたそうなの。でも伯爵が男爵家に同情的で」


 ロンド伯爵とアッシュの性格は、よく似ているのだろう。

 貧しい男爵家の為に、学園を辞めて働きに出ると言い出した健気な娘をちゃんと卒業させてやりたい。その方が条件のいい職業に就けるし、待遇も給料もよくなるからと、遠縁の男爵家から相談を受けたロンド伯爵は、リンダを屋敷で預かる事をあっさり承知した。
 ラエラとアッシュが第二学年に上がってすぐの頃だ。


「寮の費用が工面できないって泣きつかれて、疑いもなく屋敷に住まわせて・・・渋った夫人の方が、まだ危機管理能力があったわね」

「でも、夫人も一年もしたらすっかり心を許しておられたわ。嫁に迎えるつもりはなかったようだけれど、預かった以上は責任を持って面倒を見てあげたいって仰ってらしたもの」

「警戒を解かなかったのは年の離れた弟だけだったそうね。伯爵も伯爵夫人も、それに嫡男のあの男も、典型的なハニートラップにそんな簡単に引っかかって・・・今、三か月だったかしら?」


 ラエラは頷いた。


 そうなのだ、リンダは現在、妊娠三か月。父親はもちろん同じ屋敷に住むアッシュである。

 酒を飲んで記憶がなかったとか、薬を盛られたとかではない。

 卒業を控え、お別れが近いから最後の思い出が欲しいと、リンダがアッシュに縋った。
 そしてアッシュは、その願いを聞いた。

 一度きりだと本人たちは言っているが、本当のところは分からない。知りたくもないとラエラは思う。

 分かっているのは、二人の取った行動の結果、今リンダは妊娠していて、アッシュはその責任を取りたいと思っていること。


 呼び出された四阿で、初めてその話を聞いた時、ラエラはただ、ショックだった。

 アナベラに忠告されても、アッシュが段々と婚約者である自分よりリンダの方を優先するようになっても、ラエラはアッシュを信じていた。信じたいと思っていた。ただの親戚だと、可哀想だから助けてあげているだけだからと。


 卒業したらリンダは働きに出る。半年後にはラエラとアッシュの結婚が控えていた。
 だからもう少し我慢すればいい、その時にはリンダはもうあの屋敷から出ている筈だから、それで解決する、なんて。


「本当・・・馬鹿だったわ」

「最終的に婚約破棄になったんでしょう?」

「ええ。次の日に親も交えて話し合ってそうなったわ。おじさまとおばさまは、申し訳ないと何度も頭を下げてらした」

「当然よ。ラエラはあの男にずっと尽くしてたんだもの。最後に一発くらい殴ってもよかったのに」

「ふふ、わたくしも最初そう思っていたの。でも、殴るのは手が痛くなるから止めにしたのよ」

「もうラエラったら、あなたはいい子すぎるわ。もっと怒りなさいな」

「もういいのよ。最後にあの二人の面白い顔が見られて、スッキリしたから」



 ―――そう。


 もういいの。


 だってあの時、アッシュはやっとリンダの本性に気づいたの。

 だから、きっともうアッシュは、これまでみたいにあの子を信じ続ける事は出来ないのよ。




しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと
恋愛
21.05.23完結 ーー 「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」 差し伸べられた手をするりとかわす。 これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。 決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。 彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。 だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。 地位も名誉も権力も。 武力も知力も財力も。 全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。 月並みに好きな自分が、ただただみっともない。 けれど、それでも。 一緒にいられるならば。 婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。 それだけで良かった。 少なくとも、その時は。

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

Kouei
恋愛
とある夜会での出来事。 月明りに照らされた庭園で、女性が男性に抱きつき愛を囁いています。 ところが相手の男性は、私リュシュエンヌ・トルディの婚約者オスカー・ノルマンディ伯爵令息でした。 けれど私、お二人が恋人同士という事は婚約する前から存じておりましたの。 ですからオスカー様にその女性を第二夫人として迎えるようにお薦め致しました。 愛する方と過ごすことがオスカー様の幸せ。 オスカー様の幸せが私の幸せですもの。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

処理中です...