【完結】君は強いひとだから

冬馬亮

文字の大きさ
56 / 58

キラキラ輝くオレンジ色は

しおりを挟む


「こっ、こここっ、これを・・・僕に飲めと・・・っ?」


 焦りか、それとも驚きか。

 アッシュは、裏返ってやたらと高くなった声で、テーブルの上に置かれた物を指さし、震える声で尋ねた。


 アッシュの指が示した先にあるもの―――それは、ヨルンの胸元から取り出され、彼からラエラの手へと渡された後、テーブルの上にちょこんと置かれた小さな瓶。
 中には、陽の光を受けてキラキラと輝くオレンジ色の液体が入っていた。


「ええ。死を願うほど強い後悔の念に苛まれているアッシュに、この瓶の中身をぜひとも飲み干してほしいの」

「飲み、干し・・・いや、それは・・・」


 窓から射し込む光を受けて輝く小瓶は、高級な硝子細工の瓶に入っている事もあり、とても美しく、いっそ神秘的と言っていい程だ。
 
 そんな視覚的効果は、アッシュにある種の畏怖を与えたようだ。元々冴えなかったアッシュの顔色は更に悪くなり、終いには身体がぶるぶると震え始めた。


「ラ、ラエラ・・・どどど、どうしても、これを飲まなくてはダメなのか?」

「あら? さっき、わたくしの気が済むのなら何でもすると仰らなかったかしら」


 頬に手を当てたラエラが、こてりと首を傾げた。


「これをアッシュが飲んでくれたら、きっとわたくしの気も晴れると思いますの。それに、アッシュの謝罪と反省の気持ちに嘘はないとも信じられる気がしましたのに・・・やはり、先ほどの謝罪は口先だけだったのかしらね・・・」

「ち、違っ、今は本当に反省して、悪い事をしたと思って・・・」

「ではどうぞ」

「・・・ええと、ラエラ、念の為に聞くのだが、この瓶の中身は、その、やはりアレか・・・?」


 すっかりと青ざめ、怯えた顔で、アッシュが瓶を指さし恐々と尋ねた。


「ええ。アッシュが思ってるアレで間違いないと思いますわ。心配しないで。飲んだらすぐに楽になれましてよ?」

「すぐに、楽に・・・なるのか、そうか・・・やっぱりコレはアレなのか・・・」


 アッシュは、がっくりと項垂れた。

 アッシュは確信した。コレは毒だ。


 ―――今度こそ、しっかり反省した姿を見せ、立ち直る事を決意したというのに。


 ずっと、なぜ自分がこんな目に、と思っていた。自分は騙されたのだ、巻き込まれただけ、悪いのはリンダとバイツァーなのに、なぜ自分まで罰を受けなければならないのかと。
 同じ森に移ってまで自分を心配してくれた両親には、流石に申し訳なさを感じ、素直に意見を聞く気になったが、今はその両親も側にいない。
 この先どうしたらいいのか、自分はどうなるのか。不安で何もかも嫌になって、もういっそ父の目を傷つけた罰として殺されたいと思ったりもした。

 それがラエラとヨルンに説教され、そもそもの自分の罪に、今になってようやく気づいた。
 今の状況は自分が招いた事なのだと、やっと理解して、長いこと頭の中にかかっていた霧のようなものが晴れた気がした。

 そして、初めてラエラに心から謝った。

 今回は、謝罪の気持ちに嘘はなかった。自分が完全なる被害者だとも、もう思ってはいない。ラエラに償うべき立場にいるという事も、それに対してなんの言い訳をしてはいけない事も理解したつもりだ。

 だが、理解して更生しようと決意した矢先に、目の前に『毒』の入った小瓶を差し出されるとは、流石に思っていなかった。

 それならいっそ、ヤケクソになっていた少し前の自分に渡してくれたら、死は救済だと目の前で飲み干してみせただろうに。




「さあどうぞ、ぐっと一気に飲んでね。すぐに効果を感じる筈よ」

「・・・分かった。言う通りにするよ」



 ―――そうだ。

 償うべき相手であるラエラが、これを罰と決めたのなら、そうすべきだ。


 心臓がバクバクする。手は冷や汗でしっとりと濡れていた。
 ごくり、と唾を飲み込んで、アッシュは小瓶を手に取り、震える手で蓋を開けた。


「・・・」


 瓶を口につけ、傾けながら、アッシュは思った。飲む前に、父と母に手紙を書いておけばよかったと。けれど、今さらここで飲むのを止める訳にはいかない。

 アッシュは、代わりに心の中で両親に別れを告げた。


 ―――父上、母上、最後まで親不孝な息子ですみませんでした。




 こくり。

 こく、こく、こく・・・


 口内に流れこんだ液体は、予想していたような喉を焼くような刺激や舌を刺すような痛みはなく、仄かに甘く、柑橘類の香りがした。


 ―――いや、喉を焼くどころか、何だかあと口が爽やかで、すごく飲みやすいぞ?


 1本飲み切って、空の瓶をテーブルに置き、アッシュは喉をさすった。


 待てど暮らせど、激痛も昏倒の予兆も来ない。むしろ―――



「・・・なんか喉のイガイガが・・・」

「ね? 楽になったでしょう?」


 悪戯が成功したとばかりに、ラエラが微笑む。その横では、ヨルンが笑いを堪えていた。


「さあ、これでダメダメなアッシュは生まれ変わったわ。これからは真面目に頑張るのですよ。お義兄さま」



 敢えて書くまでもないだろうが、アッシュが死の恐怖を感じて慄いたこの小瓶の中身の正体は、もちろん毒ではない。

 そう、アレだ。

 ラエラとヨルンにとっては懐かしい思い出の、あの喉シロップである。






しおりを挟む
感想 156

あなたにおすすめの小説

私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです

睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

私が家出しても、どうせあなたはなにも感じないのでしょうね

睡蓮
恋愛
ジーク伯爵はある日、婚約者であるミラに対して婚約破棄を告げる。しかしそれと同時に、あえて追放はせずに自分の元に残すという言葉をかけた。それは優しさからくるものではなく、伯爵にとって都合のいい存在となるための言葉であった。しかしミラはそれに返事をする前に、自らその姿を消してしまう…。そうなることを予想していなかった伯爵は大いに焦り、事態は思わぬ方向に動いていくこととなるのだった…。

処理中です...