【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮

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あなたは黒薔薇

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到着したユスターシュの屋敷は、落ち着いた色合いのレンガ作りで、広い庭には花が沢山咲いていた。
とても明るくて優しい雰囲気の、ユスターシュらしい素敵な屋敷だ。


「ヘレナの部屋はこっちね」


そう言ってユスターシュが案内したのは、日当たりのいい角部屋で。

白を基調とし、家具は薄茶でまとめ、明るい緑の小物類が差し色的に配置されている。

昨日の今日で良くここまで、と感心するほど、内装も家具も綺麗に整えられていた。


「ドレスとかも大体は用意してあるけど、まだ全部は整ってないんだ。足りないものもあると思う。だから必要なものは遠慮しないで言ってね」


ちなみに私の部屋はこの隣だよ、と耳元で余計な情報まで囁かれ、一瞬でヘレナの顔は紅く染まる。

平凡歴20年のヘレナには、美形の耳元の囁きなど刺激が強すぎるのだ。
なのに、ユスターシュはそんなヘレナを見て嬉しそうに微笑む。本当に幸せそうに。


「ふふ。安心して、ヘレナ。私の部屋に直接通じる扉には鍵はかけておくからね。まあ結婚するまでの間だけだけど」


いや、そう言われて安心など出来ようか・・・他の令嬢は出来るかもしれないが、少なくともヘレナは無理だ。


だが、こんな緊急事態でもヘレナの想像力はきちんと機能するから不思議である。
ユスターシュの背後に、艶めかしい雰囲気の黒い薔薇が咲き始める。豪華で雰囲気満点の黒薔薇だ。


その薔薇が、また無駄に良い仕事をするから困る。ユスターシュを囲む空気が甘く変わり、彼が途端に色っぽく見えてくる。ヘレナはくらくらと眩暈を感じた。


「大丈夫? ほら座って。お茶を用意させるから少し休もう」


黒薔薇を背負ったユスターシュは、丁寧な仕草でヘレナの手を取り、優しく椅子へと導いた。

おまけに、手を離す際に指先に軽く口づけを落とすという爆弾的サービス付き。


普通なら喜ぶ場面、だがヘレナには過ぎたサービスだった。心臓がドキドキし過ぎて、明日の朝まで保つかどうか心配になるほどだ。


このドキドキが恋だと言うのなら、恋とは相当に体力を消耗するものらしい。

本ばかり読んで耐久力を疎かにしていた過去が悔やまれる。
もし過去に戻れるものならば、過去の自分に言ってやりたい。「毎日5キロは走っておけ」と。


ヘレナの頭の中がそんな感じで迷走していたら、目の前のテーブルにコトンとカップが置かれた。


「ヘレナは甘いのが好きだったよね。ミルクも砂糖もたっぷり入れておいたよ」


ユスターシュが手づから淹れてくれたミルクティー。

ヘレナは、ほかほかと湯気の立つカップを暫し見つめ、ゆっくりと手を伸ばした。


濃く淹れた紅茶に、たっぷりのミルクと砂糖。

仕事中、休憩でよく飲んでいたのと同じ味だ。自然と笑みが溢れた。


「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」


そう言うと、ユスターシュはあろうことか、あの・・扉を使って部屋を出て行った。

そう、部屋同士が繋がっているという例の扉、そこを通ればユスターシュの部屋に真っ直ぐに行けてしまうという恐ろしい扉だ。


せっかく忘れかけていたというのに、先程のユスターシュの言葉が脳裏にまざまざと蘇る。それはもう、見事なまでの音声復元機能付きで。



ーーー 安心して。

ーーー 鍵はかけておくからね。まあ結婚するまでの間だけだけど



そんな事をさらっと言っておいて、ちゃっかりあの扉を使って部屋に戻っているのだ。
確かに、まだ鍵をかける前だったから、嘘でもなんでもないのだが。


ああでも、これでは否が応でも意識してしまうではないか。


結婚するまでの間、そう、それはつまり。


ヘレナがユスターシュと結婚した時、あの扉は開くのだ。


ヘレナはごくりと唾を飲んだ。


そ、そうしたら、私とユスターシュさまは・・・


そんな少々ピンクな想像が頭を過った時、唐突に隣の部屋で盛大な音がした。何かを落としたか、壊したか、ぶつけたか、とにかくとんでもなく大きな音が。

だが、いつか来るその日・・・のことで頭の中がフリーズしていたヘレナの耳に、その騒音は届かず。

ヘレナは両手で頰を隠す様に覆い、俯いた。
ただただ、胸の鼓動が収まるのを、じっと待っていたのだ。  


それは、痛いと言ってもいいくらいの鼓動の強さ。

昨日会ったばかりの人なのに、自分はどうしてこんな風になるのだろう。
自分に何が起きているのだろう。

恋を知らなかったヘレナは、今、自分の胸を煩く鳴らせる感情をなんと呼べばいいのか分からない。

だから、痛みが過ぎゆくのを待とうと、ただただ胸を押さえた。

そうやって、どのくらい経っただろうか。


扉を叩くノックの音が聞こえ、俯いていた顔を上げる。

音は、通常の扉の方、廊下に面している方の扉からだった。


「・・・? どうぞ・・・?」


メイドだろうか、小さく返事を返すと、扉が開く。


「・・・え?」


何故か、ジュストがそこにいた。


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