【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮

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人違いです

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ちょっと気分転換に出かけたかっただけ。
ただそれだけだった。


最近ずっとキラキラしくてお高めの品物ばかり見ていたから。


結婚式用のドレスとか、ティアラとか、ネックレスとか、イヤリングとか、武器としても使えそうな細っこいピンヒールの靴とか。
指輪などは、デザインを決める前にずらりと大粒の宝石を並べられて、はいここから選べとか。


贅沢な悩みに違いない。だが、貧乏子爵家で育ったヘレナには、少しばかり刺激が強すぎたのだ。


それで、ちょっと素朴な値段のものを見て、ほっこりしたくなった、それだけだった。


それで、ユスターシュは王城に行っているから、侍女一人と護衛一人を連れて、街に出てきたと、そういう訳なのだ。


もちろん、前にユスターシュから言われた注意事項は忘れていない。


お守り代わりに渡された魔道具のイヤリングと指輪とペンダントは、もちろん装着済み。
そして、これまた大事な例のカツラもばっちりかぶっている。

そういう訳でヘレナは今、若草色のボブヘアーとなっていた。


そうして準備万端で出てきた街で、ヘレナが見に行った素朴なお値段の品物とは。

どうせ野菜の苗だろうと思ったかもしれないが、残念、ブッブー、不正解。


答えは、虎じろうのエサである。

虎じろうとは、先日ヘレナが絵本を作ってまで飼いたいアピールをした子猫の名前だ。

お気づきのように、命名したのはヘレナである。

そう、つまりは、キャットフードを買いに来たのだ。


「まあ、いろんな種類があるのね」


味も、形状も、それから猫の年齢による違いまであることに、ヘレナは驚いていた。

実家の子爵家では猫を飼っていなかった。いたのはニワトリだ。


毎朝卵を産むニワトリは、レウエル家にとって貴重な食糧源だった。よって、そのニワトリを襲う可能性のある猫は飼う訳にはいかなかった。
ヘレナも弟たちも、動物は大、大、大好きではあったのだが。

背に腹は代えられないという事で、家で飼うことは諦め、ヘレナたちは仕方なく、猫を触りたい時は3軒隣のシャミナ夫人の家へ、犬を散歩させたい時はお向かいのハッサムさんの家に行っていたのだ。


その話をユスターシュにしたら、「ニワトリ小屋を作ってそこに入れてたら、猫も犬も飼えたんじゃない?」と言われ、軽くショックを受けたことは記憶に新しい。

でも、その後よくよく考えたら、放し飼いにしていると勝手に草やミミズを食べてくれたので、エサ代が要らなくて助かっていたことを思い出した。
意気揚々とその話を伝えにユスターシュのところに行ったのだが、顔を合わせるなり「なるほどね」と呟かれ、負けた気がしたのは何故だろう。


まあとにかく、今は堂々と猫が飼える身分になったのだ。堂々と飼ってやろうではないか。


ヘレナは棚の説明書きを一つ一つ確認していく。


「虎じろうはまだ小さいので、柔らかめのものが良いわよね」



どうやら味も何種類か選べるらしい。ヘレナは、ソフトタイプが置いてある棚から、虎じろうが楽しめるようにと味違いを3つ購入した。

侍女が会計をし、護衛が買ったものを少し離れたところに止めた馬車へと運ぶ。


・・・さて、後はどこかで少し休憩してから帰ろうかな。


なんて思って、通りに出て辺りをぐるりと見まわした。

そんな時だ。



「あ~っ!」


なんとなく聞き覚えのある声がした・・・気がしたけど、きっと気のせいだろう。


「おい、そこのお前!」


そう言えば、小さいころから何故か遭遇率が高かった。


「お前ったら、お前だよ! そこの緑色の変な頭のお前!」


5歳の時に町の花祭りで偶然出会ってから、望んでもいないのに出来てしまった因縁の幼なじみ。


「お前、この僕が呼んでるんだぞ。こっちを向けよ!」


仕方ない。残念だけど、お茶とケーキは諦めなきゃいけないかも。
でもまた後で、ユスターシュと来ればいいよね。


まあとにかく、今はこのうるさく騒ぐ人を何とかしなくては。


ヘレナはくるりと振り向いてこう言った。


「人違いですよ」


まったく、相手も確認せずに道端でぎゃあぎゃあ騒ぐとは。
知ってはいたけど、相変わらずの困ったちゃんである。



「え? 人違い?」

「そうです、人違いです」

「う~ん、そうか・・・てっきりヘレナだと思ったんだけど」

「違います」

「そうか・・・言われてみると、髪の色が違うな。それに髪型も」

「そうでしょう。私は茶色の髪ではありませんからね」

「・・・ん?」

「・・・ん?」


ロクタンは首を捻る。


「・・・やっぱりお前、ヘレナじゃないのか?」

「違いますよ、ロクタンさん。さっきから人違いだって言ってるじゃないですか」

「そうか・・・あれ?」

「・・・あれ?」


名前言っちゃった。

 
その瞬間、ヘレナは馬車に向かって駆け出した。
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