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難易度高いよ、ハイジャンプ
しおりを挟むヘレナは今、ハイジャンプをしている。
いわゆる走り高跳びというやつだ。
もちろん、脳内の話である。
え? つまり、どういう事かって?
「ほら、姉ちゃん。言ってみなよ」
「そんなムズカシイ言葉でもないじゃん」
「わ、分かってるわよ」
「分かってるんならさぁ、ほら、さっさと言いなよ」
「そうだよ。そういうのを、オウジョウギワが悪いって言うんだよ」
「・・・カイオス。あんた、どこでそういう言葉を覚えてくるのよ?」
こういう事だ。
ご想像の通り、これはヘレナと弟たちとの会話である。
ただ今、ヘレナはとある言葉を言う練習をしているのだ。
ならば、その言葉は何かというと。
それは、あとひと月後には使うだろうと予想されている言葉、そう、『旦那さま』である。
「なに照れてるのさ、あとひと月でケッコンするんでしょ」
「そうだよ。なのにいつまでも『ユスターシュさま』なんてタニンギョウギな呼び方して」
「だ、だって」
「「いいから、ほら言ってみなよ。だ・ん・な・さ・ま‼︎」」
「えと、だ、だん、だんだん、だ、だ、だん・・・」
「「太鼓かよ!」」
今日も今日とて、こういう時の弟たちは息がぴったりなのである。
「うふふ、ヘレナったら、そんなに旦那さま呼びが恥ずかしいの?」
「照れてるヘレナも可愛いなぁ。ああでも、あとひと月でお嫁に行ってしまうんだね。ああ、パパは寂しいなぁ」
ここ最近、すっかり体調が良くなったヘレナの母レナリアと、お泊まり先のユスターシュ邸に書類を持ち込んで仕事をしている父オーウェンは、子どもたちの遣り取りを微笑ましく見守っていて、恥ずかしがるヘレナを助けてはくれない。
「ちゃんと言える様にならないと、あにうえが悲しむよ?」
「きっと、がーんってショックを受けるよ?」
「あにうえを泣かせたいの?」
「オニヨメなの?」
「鬼嫁な訳ないでしょ!」
「「だったら、ちゃんと言えるようにならないと。ほら、せーの!」」
「だ、だだん、だんだん、だ、だ、だ、だだん・・・」
「「ちがーう!」」
さっきからずっとこんな調子だ。
一見、ボイスパーカッションの練習かと勘違いしそうなヘレナだが、これでも真面目に言おうとはしている。
結構、かなり頑張ってはいるのだ。
ヘレナの脳内では、頭にハチマキを巻いたヘレナが勢いよく助走しながら「ハイィッッ!」と地面を蹴っている。
それはもう、何度も何度も、だ。
けれど袖なしのトレーニングシャツを着たヘレナの体は高々と宙を舞い・・・
ぽふん
バーの下を抜けて、マットに転がり込むのだ。
汗だくだくのヘレナが沈んだマットから見上げるバーは、かすりもしなかったからか所定の場所にきちんと収まっていて揺れてもいない。
鬼コーチの指導も虚しく、ヘレナは最下位での敗退となる・・・
いやいや、敗退しちゃダメでしょ!
ヘレナはぐっと拳を握った。
ハイジャンプで敗退しても、『旦那さま』呼びで敗退してはならない。
アストロとカイオスの言う通りだ。
ユスターシュを泣かせる様な、恐ろしい鬼嫁になる訳にはいかないのだ。
脳内ヘレナは、汗でへばりついた前髪をぐっと払いのける。
とにかく練習あるのみ!
目指せ、インターハイ!
目指せ、オリンピック!
「・・・いや、そんなに難易度高いのなら、『ユス』って愛称呼びにしてくれるだけでも嬉しいんだけど」
「・・・へ?」
その声に振り向けば、肩を震わせるユスターシュという、最近はもはやお約束の光景が。
いつの間に王城から帰って来ていたのか、練習に夢中で全く気づかなかった。
「えと、ユ、ユス、ですか?」
「そう。『旦那さま』が言いづらいなら、ユスって呼んでくれる?」
「は、はい。えと、その、ユ、ユス・・・さま?」
「はい」
「ユス、さま」
「うん、よく出来ました」
ユスターシュは嬉しそうに笑うと、ヘレナの頭に右手をぽん、と置いた。
恋愛小説でのリサーチの成果か、それとも素の才能なのか、そこの所はユスターシュ本人にしか分からない。
けれど、頭ぽんぽんがヘレナに効果的面だったことだけは間違いないだろう。
ぼんっと音が出たかと思うくらい勢いよく真っ赤になったヘレナは、そのまま俯いてしまう。
ふふ、可愛い。
なんて、ユスターシュがヘレナの初々しい反応を楽しむ暇など・・・
「あにうえ~っ!」
「お帰りなさい、あにうえ!」
「ぐふぅっ!」
・・・ある訳がないのだ。
ブーム第二位の「兄上」の帰宅に気づいた弟たちが、両脇からタックルをかまして来るのだから。
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