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あながち嘘では
しおりを挟む「え? 獣人国から王族の方が?」
雲ひとつない晴れた日のある朝、きょとんとした顔で、ヘレナは問い返した。
着々と結婚式の準備が進められる中、ヘレナも何かと王城に行く機会が多くなっている。
馴染み深い王立図書館ではなく、結婚式の会場となる広間にではあるが。
心配症のユスターシュはその度に行きと帰りの大仰な護衛を配置するのだが、今いち危機感に欠けるヘレナは、自分も狙われている事の自覚が足りない。
まぁ、まだ切羽詰まった危機に直面した事がないから、のほほんとしていられるだけだろう。
そんな感じで過ぎていた日々、今朝は『獣人』という珍しい言葉を耳にした訳である。
「そう。私たちの結婚式に出席する為に、獣人国ライオネスから王太子と妹姫が来られるそうだよ」
「まぁ、それはすごいですね」
何がすごいのかと言うと、これまで獣人国とは然程の交流がなかったからだ。
地理的に遠いという事もあったし、ここランバルディア王国がこの十数年もの間、とある理由で他国との交流に消極的になっていた事もある。
何にせよ、経済発展と物流促進の為に交易はこれから盛んにしていきたい。特にこれまで主に地理的な理由で国交がほぼなかった獣人国は、何もかもが未知数なだけに期待値も大なのだ。
「あちらからの申し出でね。歴史的な人間同士の番の結婚という事で、ぜひ出席したいって」
ここでも『つがい』効果があった様だ。
番だというユスターシュとヘレナの電撃的な婚約発表は、ランバルディア王国内でもかなりの経済効果をもたらした。
そう、アレである。
番まんじゅうとか、番ドーナツとか、裁定者の剣と銘打った木刀とか。
今やユスターシュともヘレナとも全く関係のないあちこちの地域で、番を謳ったグッズや食べ物が販売され、王家はもちろん、国民総出でそれに乗っかってはしゃいでいるのだ。
そして何故か、やたらと嬉しそうなユスターシュは、それらを一つ残らず取り寄せて試しているのである。
恥ずかしいから要らないと言った例の似顔絵付きの木刀、『裁定者のつるぎ』だが、実はユスターシュはこっそり5本も注文していた。
なんでもヘレナの似顔絵が予想以上に可愛かったからとか訳の分からない理由だった。
何故こっそり買ったのにバレたかと言うと、実家の家族たちの逗留中に、邸内を冒険していた弟たちが発掘してしまったのだ。
ユスターシュが大事に丁寧に隠し棚の奥に仕舞い込んでいたものを。
案の定、アストロとカイオスは、二刀流よろしく例の木刀を両手に持ち、カンカンカンとチャンバラを始めた。
そのはしゃぎ振りに、様子を見に来たヘレナの両親たちにまで木刀に書かれた似顔絵を見られるハメになる。
ユスターシュが王城から帰宅した時には、既にヘレナの父母、弟二人が、ニコニコ笑いながら木刀を一本ずつ手にしていた。
あまりの気に入り振りに、ユスターシュがプレゼントすると申し出ると、ヘレナの父オーウェンは「いやぁ、申し訳ない」と恐縮しつつも、木刀をしっかと握って放そうとしなかったらしい。
さて、獣人国に話を戻すと、人族で初めて番同士が結ばれるという歴史的な結婚に、番文化のルーツである獣人国として心からの祝福を送りたいとのこと。
国賓として獣人を迎えるのはロンバルディアとしても初というなかなかに大ごとな話になった。
「という訳で、私たちが主体となってライオネス国の王族の方々をお迎えをする事になったんだ。
ヘレナも、歓迎の茶会とかに一緒に出てもらう事になると思う」
「あ、あの」
「うん?」
「ちなみに、そのライオネス国の王族の方々はどちらの種族で・・・?」
「ああ、獅子族と聞いてるけど」
「し、獅子・・・っ!」
ライ○ーン、ライ○ン、ライ○ーン、ラーイ○ーン♪
どこかで聞いた覚えのある宣伝ソングが、ヘレナの頭の中で鳴り響く。
それと同時に、黄金のたてがみとピンピンヒゲと、四つ足なのに何故かタキシードを着て王冠をかぶっているライオンの姿が浮かび上がる。
機嫌良くしっぽを左右に振りながら、獣人の王はヘレナに笑いかける。その口元にはキラリと光る鋭い牙が・・・!
「いや、その姿ではないな。獣化しない限り、人と同じ姿を保てるから」
こういう時、ユスターシュの冷静なツッコミは少しばかり気恥ずかしい。
「・・・ハイ」
そう言えばそうだった。
読書家のヘレナは、勿論その事については前に本で読んで知っていたのだけれど。
それでも何となく、つい興奮して想像してまったのだ。
だって、獣人なんて、これまで本でしか知る事が出来なかった種族なのだ。この国とは基本的に国交がない遠い国の存在で。
それが、わざわざヘレナたちを祝福しに結婚式に来てくれるなんて。
それもこれも、ヘレナとユスターシュが番だから。
そう考えると、何か温かいものがヘレナの胸の奥にじわじわと湧いて来るような気がした。
すごいな。
「ヘレナ?」
嬉しいな。ユスターシュと番で良かったな。
ユスターシュの番だって言われてから、本当に素敵な事ばかり起きている。
「・・・っ」
ヘレナの心の声を聞いたユスターシュが、息を呑む。
そして、信じられないとばかりに口元を押さえた。
だって今、大好きな人が、ユスターシュの吐いた必死の嘘を肯定し、喜んでくれているのだ。
ユスターシュの番になれて本当に良かった、自分は世界一の幸運の持ち主だ、と。
暫しの間、ユスターシュが言葉を失くして立ち尽くしてしまったのは不可抗力と言えよう。
「・・・参ったな」
真っ赤な顔で、ぽつりと漏らす。
こんな風に、いつもユスターシュに思いがけない驚きと喜びをくれるのはヘレナなのだ。
彼女を自分の番と呼んだのも、あながち間違いではないんじゃないか。
そうユスターシュは思った。
ーーー たとえそれが、いつかは打ち明けねばならない嘘だとしても。
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