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しおりを挟む村の東で光が煌めき始めた時、ユリアティエルは食料倉庫から野菜を取り出していたところだった。
バタバタと外を走る足音。
湧くような歓声。
そんな慌ただしさを不思議に思ったユリアティエルは、声がした方へと足を向けた。
村の東側、建物が少なく普段はあまり人気がない場所だ。
建物の角を曲がろうとして足を止める。
そこは、人がたくさん集まっているのに、何故か静寂に包まれていた。
人集りの中心から響くカサンドロスの驚愕した声が、辺りの静けさを破る。
「ど、うして、貴方が・・・」
・・・貴方?
ここに誰かいるの?
確かめようとして、さらに一歩踏み出そうとして、ユリアティエルはその場で固まった。
その目に映ったのは、陽の光を受けて輝く金色の髪。
あの鮮やかな金色は。
「王太子殿下・・・何故、ここに・・・」
誰かの、絞り出すような声がユリアティエルの気持ちを代弁していた。
そうよ、どうして貴方がここに?
だって貴方は。
貴方は、王城でヴァルハリラと対峙している筈。
「何故、だって?」
カルセイランの穏やかな声が、建物の陰に隠れているユリアティエルの耳にも届く。
それは柔らかくユリアティエルの耳をくすぐって。
「私の民が、私の民を攻めようというのだ。私が止めないで何とする」
・・・ああ。
知らず、涙が溢れた。
貴方は何も変わっていない。
清廉で、高潔で、民を思い遣ることを忘れない。
貴方こそ、私が愛した方。
そして、もう自分が愛することが叶わないお方。
どうしてここにいるのかは、分からないけれど。
今まで、よくぞご無事でいて下さって。
その姿にそっと涙を拭い、静かに踵を返す。
矢継ぎ早やに交わされる会話を背に、ゆっくりと音を立てないように一歩ずつ足を進める。
そうして、姿を見咎められることなくユリアティエルはその場を離れた。
「カサンドロス、これを。アルバクシャドから預かった。そしてこちらはアウンゼンからだ」
そう言って、カルセイランは手に持っていた包み二つを渡した。
「これは・・・」
包みを開けてカサンドロスは驚きの声を上げる。
一つの包みには防御の魔道具、ざっと見ても30近くはあるだろう。
そしてもう一つの包みには、建物の四隅に埋めて結界を張る、結界の魔道具が合わせて8つ入っていた。
「アルバクシャドも随分と無茶をしたようですな。・・・しかし助かった。これと、こちらにいた非戦闘員が付けていた魔道具を合わせれば、かなりの人数の騎士たちが動けます。それにこちらも。8つあるという事は、建物2つ分。これであと2つ、魔道具のない者たちを保護する建物を確保できます」
カサンドロスは振り向くと、リュクスを手招きした。
「なんでしょう」
「新たに場所が確保できそうです。急ぎ、山腹のテントで休ませている騎士たちをこの村に連れて来てください。あちらの勢力に取り込まれる前に」
「分かった。すぐに向かおう」
部下二名を呼び、リュクスはすぐに村の出口へと向かった。
次いでカサンドロスは、結界魔道具をノヴァイアスに渡し、建物二つを確保するように告げる。
他にも幾つかの指示を出し、皆がそれに従って慌ただしく動き回る中、カサンドロスは「さて」とカルセイランに向き直った。
「それでは王太子殿下。お伺いしてもよろしいでしょうか。殿下はこの後、私がどのように動くことを望んでおられますか?」
ひた、と見据えるその瞳に、カルセイランはふ、と笑った。
「大商人カサンドロスよ。お前は金が一番大事だと、最悪の事態になればさっさとこの国を出て行くと言っていたな。だがどうして、今もお前はこうして最も危険な場所に残ってくれている」
「・・・まだ分かりませんよ? 明日の朝には、私の姿が消えているやもしれません」
「・・・あり得ないな」
カサンドロスのやんわりとした否定を、カルセイランはあっさりと覆す。
「お前は用心深い男だ。頭の回転も早い。だが同時に懐の深い男でもある。この村にいる者たちを置いて、一人、或いは自分に近しい者たちだけを伴って逃げることはしないだろう」
「・・・」
「だが私は、お前が逃げ道を用意していないとは思っていない」
カサンドロスの片眉が僅かに上がる。
「これは私の推測に過ぎないが、お前はどこか、村の入り口とは別の所から、国境に向けて逃げる抜け道を用意しているのではないか?」
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