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慧眼
しおりを挟む「・・・」
カサンドロスは黙ったまま、真意を推し量るかのようにカルセイランを見つめた。
カルセイランは、カサンドロスの刺すような視線に怯むことなく、言葉を継ぐ。
「恐らくは、最後の最後までその通路を使うつもりはないと見ている。少なくとも、この村の所在地が露見し、実際に村が相手側に押し入られるような事態に陥らない限りは」
「・・・成程。なかなか面白い意見ですな」
カルセイランの言葉に、カサンドロスは感心したように肩を竦めた。
「さすがのご慧眼・・・とだけ申し上げておきましょう。殿下の仰る通り、あれは使うつもりのない道ですので」
「ああ、私もそのつもりだ」
カルセイランは、安心させるように頷いた。
「私が何のためにここに来たかを話そう」
その後、山腹に駐留していた騎士たちが村に到着し、新たに結界魔道具を施した二つの建物のうちの一つに収容した。
非戦闘要員と戦闘要員との間で防御の魔道具の交換が行われ、集められた騎士たちに加え、魔道具を外した者たちも建物の一つに入ることになった。
騎士団長リュクス、副団長の他に第二から第五までの班長および副班長、そして剣や弓に特に優れた者たちが選抜されて魔道具が渡された。
それからリュクスを除いた全員に、進軍する兵士たちをなるべく多く離脱させるべく山中に潜むようにという命が下された。
「お一人で道に立つなど危険です・・・っ!」
カルセイラン一人が村に続く道に立つという言葉に、当然ながら騎士団長リュクスが否を唱える。
だが、向かってくる者たちも同じく民であると言って、騎士たちが共に立つ事をカルセイランは許さない。
見かねたカサンドロスが間に立ち、カルセイランが攻撃された時の守りとして、その右側と左側とにそれぞれ一人ずつ側に置くことが決定した。
だがアビエルの月の第十六日、十七日は軍隊が現れることなく、準備だけで慌ただしく過ぎていった。
この間、カルセイランとユリアティエルはまだ顔を合わせていない。
そして第十八日。
カサンドロスのもとに伝書鳥がやって来る。
その手紙を読んだカサンドロスは、カルセイランを呼び止め、届いたばかりの手紙を見せた。
「見張りからの連絡です。軍隊の一部が麓に現れたと」
「・・・そうか」
カルセイランの瞳は穏やかに凪いでいた。
カサンドロスを通じて、カルセイランの願いは周知してある。
あとは、皆がその通りに動いてくれることを願うだけだ。
「今、あちらの軍に案内者がいるかどうかを確認させています。村への襲撃のタイミングは、その有無で計算できるでしょう」
「分かった。ありがとう」
「また何か分かり次第ご連絡します。ですが殿下」
「うん?」
カルセイランは振り返り、カサンドロスを見た。
「殿下には、他にまずやるべきことがあるのではないでしょうか」
「・・・それは」
「何故、会いに行かれないのです?」
カサンドロスは、真っ直ぐにカルセイランを見つめていた。
「何故、お気持ちは変わっていないとお伝えにならないのですか?」
カルセイランは答えない。
「殿下・・・」
「カサンドロス。彼女は、ユリアティエルは」
カサンドロスの言葉をカルセイランは遮った。
「とても高潔な女性なんだ」
「知っています」
「どれだけ汚されたとしても、心は清く美しい」
「・・・知っています」
「私のことを心から慕ってくれている」
「・・・知って、います・・・っ」
「だから」
カルセイランは笑った。
「だから怖いんだ」
「怖い・・・?」
「ああ」
カルセイランは空を見上げた。
陽の光は眩しく、空はどこまでも青い。
手を目の上に翳し、眩しそうに目を眇める。
「会いに行ったら、ユリアは命を絶ってしまうのではないかと」
「そんな・・・」
そんな事はと言いかけて、言葉を呑み込んだ。
「ユリアは自分のことを考えないんだ。いつも他人を思い遣ってばかり。・・・昔からそうだった」
「・・・」
「今も想いは変わらない。そう伝えたら、彼女は喜ぶよりも悲しむだろう。自分を責めるだろう。王太子妃となる道が閉ざされた今、私がユリアを好きだという気持ちは、彼女を追い詰めるだけだから」
「それでも彼女がいいと貴方が望めば、妃にすることも可能では・・・っ」
「出来ない事ではない。現に純潔ではないヴァルハリラが妃の座に収まろうとしたのだからね。でもユリアは無理だ」
カルセイランは空を見上げたまま、ぽつりと言った。
「ユリア自身がそれを許さない」
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