【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

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未来のために

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この村での食事時間の光景は、まさに雑然としか表現しようがない。


収容許容範囲を遥かに超えた人数が滞在しているため、食堂はもちろん、床や屋外で地面に座ったまま食事を取るのも普通のこととなっていた。


カルセイランはその場に当たり前のように混ざり、他の騎士たちと共に地面に座って食事を取る。


栄養は考慮しつつも質素な食事を、皆と同じく分け合って食べていた。


「お代わりはいかがですか?」


コップに水を注ぎ足しながら、給仕役の少女が尋ねた。


「十分だよ。ありがとう」


礼を言い、給仕に忙しく動き回る少女の後ろ姿を見送った。


その少女の髪色は、ノヴァイアスのそれに似ていて、晴れ渡った空のような青だ。

つい見つめていると、横から声がかかった。


「・・・あの者はユリアティエルを売ったのと同じ奴隷商のもとにいた娘です」


いつのまにかカサンドロスが側に来ていた。


「自分は商品じゃない、人間だと主張して、奴隷商の夫婦に酷い折檻を受けていたようです。ユリアティエルとは会ってすぐに仲良くなったらしいですよ」
「・・・そうなのか」


カサンドロスは、そのままカルセイランの隣に腰を下ろすと、おもむろに配られたパンに齧りつく。


食事時の喧騒の中、二人は黙々と食べ続けた。


「・・・昨日は、大変なご無礼を働き、誠に失礼いたしました」
「いや・・・私こそ、お前の気持ちも考えず不用意な発言をしてしまった」
「いえ、人にはそれぞれ事情があるのです。なのに、それも弁えずにあのようなことを。全くお恥ずかしい限りです」
「・・・そんなことはない」


そうだ。そんなことはない。

彼はユリアティエルにすぐ手が届く場所にいて、なのにずっとただ見守っていてくれたのだ。


これまでカサンドロスはユリアティエルのために、そうだ、彼女を守るためにどれだけの財を費やしてきたのだろう。

自分ではない男を愛している女のために。


「・・・お前のこれまでの働きについては、全ての事が落ち着いた後に私から陛下に申し上げたいと思う」
「有り難い話ですが、お気持ちだけで結構ですよ」
「・・・そう、か」


先ほどエイダが注ぎ足した水を飲み干し、カルセイランは一旦立ち上がりかけて、だが動きが止まる。


「殿下?」
「・・・」
「どうなさいました?」
「・・・本当は・・・」


カルセイランの唇が動き、何かを言ったように見えた。

だが喧騒が煩くて聞こえない。

思わず問い返すと、カルセイランは眉を下げ、少し泣きそうな顔になる。


そのあまりに意外な表情に、カサンドロスは自分の目を疑った。


「本当は・・・何を捨てても、誰の期待を、信頼を裏切っても・・・欲しいと思っている・・・ユリアが・・・ユリアだけを」


絞り出すような声。

それは周囲のざわめきにかき消されそうな程にか細くて。


聞き違いか、いや。


カルセイランの瞳には、確かに切なげな熱が宿っている。


「殿下・・・」
「だが出来ない・・・王城内で密かに処理できるならば或いは、と思った時もある。だがこのままでは隣国までも巻き込んだ騒動になってしまう。これからは国を立て直さねばならない大事な時なのだ。ミネルヴァリハと余計な軋轢を生む訳にはいかない・・・」
「・・・」


カルセイランは唇を噛み締めていたが、やがてゆっくりと薄い笑みを貼り付けた。

そうして今度こそ立ち上がり席を離れようとしたカルセイランを、カサンドロスが腕を掴んで引き止めた。

振り返るカルセイランに、何故かカサンドロスは不敵に笑いかけた。


「カサンドロス?」
「ご無礼をお許しください。ですがもう少々お時間を頂いても?」
「・・・まだ何か話が?」
「ええ、改めて王太子殿下にお伝えしたき事がございます。どうかお耳を」


怪訝な表現のままにカルセイランが屈むと、カサンドロスがそっと何事かを耳打ちした。


カルセイランの眼が驚愕で見開かれる。


「実を申しますと、私は国際情勢にも耳敏いのですよ・・・ミネルヴァリハには従兄弟がおりますので特にね」


カサンドロスはにやりと笑うと、まだ事態が呑み込めずにいるカルセイランにこう告げた。


「そうそう、先程の話ですが気が変わりました。やはり陛下からの褒賞を頂きたく存じます。お口添えをお願い出来ますかな、王太子殿下」
「・・・」
「殿下?」
「あ、ああ、それは・・・勿論だ。カサンドロス、しかし・・・」
「申し上げたことに嘘はございません。あの狸親父ならばその程度の事、済ました顔でやってのけるのですよ」
「そう、か・・・」
「ですが殿下」


カサンドロスは、僅かに声を低くした。


「全ては今夜、そして明日を凌ぎきってからの話でございます。そして、その全ては貴方のお力にかかっているのです。どうか今一度、お気を引き締め、事に当たって下さいますよう。そのために、何よりもまず生き残って下さるようお願いいたします・・・でなければ、貴方の愛しい女が、今度こそ本気で泣きますよ」


カルセイランは未だ混乱の残る頭を左右に振り、意識を集中する。

それから力強く頷いた。


「・・・ああ。全ては我らの未来のために」


カサンドロスもそれに応え、同じくこう告げる。


「そうです。全ては未来のために」


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