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揺れる灯りの向かう先
しおりを挟む第19日から第20日へと日付が変わってから二刻程が過ぎた頃だろうか。
再び斥候からの知らせが届き、村内がにわかにざわめき立った。
カルセイランはその知らせを聞くと静かに立ち上がり、村の入り口、その中央に立つ。
彼のすぐ後ろに控えるのは、右がリュクス、左はノヴァイアスだ。
他の騎士たち、そしてカサンドロスの私兵たちは、かねてよりカルセイランの指示のもとに準備していた解呪の紋様を刻んだ木杭を、入り口及び入り口へと続く道の両側に次々と立てていく。
そして、いつでも灯を灯せるように松明もあちらこちらに配置された。
カルセイランは、ただ真っ直ぐに前を見据えた。
今はまだ何も見えない。
感じるのは、ただ目の前に広がる漆黒の闇夜とそれを縫うように時折聞こえる葉ずれの音だけだ。
だが、武装した兵たちは、確かにここに向かっている。
彼らを動かしている者の悪意にも気づかず。
自分たちが操られていることも知らず。
殺意を向ける女性に、実は何の瑕疵もないという事実すら知らされないままに。
ユリアティエルは国民から、臣下から慕われていた。
皆に心から愛されていた。
そして、ユリアティエル自身、民に尽くす心を持っていた。
そんな女性に害をなさんと彼らは進軍しているのだ。
そうして意識しないままにあの女の思うように操られるとしたら。
我に返った時、彼らは漸く己のしでかした過ちに恐れ慄き、続く日々を罪悪感に責め苛まれながら過ごす事になるのだろう。
あの日、ノヴアイアスの手で解呪された時の私のように。
何故、自分は負けてしまったのか。
何故、自分は己を保てなかったのか。
何故、彼女を傷つけてしまったのか、と。
答えの出ない問いを日々繰り返しては自分に失望するのだ。
そんな思いはさせない。
そんな日々を送るのは、私ひとりで十分だ。
だから必ず。
必ずお前たちを止めてみせる。
そうしてどれだけの時間、そこに立っていただろう。
その間、誰も口を開く者はおらず、ただ静寂がその場を支配していた。
やがて、遠く、遙か遠くの木々の間から、揺らぐ松明の光がカルセイランの瞳に映り込んだ。
斥候が知らせた通り。
ペイプル軍が近づいていた。
「・・・どうやら、彼らはまだ方角が大まかにしか分かっていないようですね」
松明の集団が左右にぶれながらもこちらに向かっているのを見て、リュクスがぽつりと呟いた。
「あの距離ならば、早くてもあと一刻ほどはかかるでしょうか」
「・・・そうだな」
カルセイランは袖をそっと捲り上げ、腕を露にした。
自身が小刀で刻みつけ、醜い傷跡として今も残る紋様が、ひやりと夜風に晒される。
そして腰には自衛の為の剣。
「日が昇れば勝機が掴める。それまで何としても持ち堪えるぞ」
彷徨いつつも確実に村のある方向へと進んでいる灯りを目の当たりにして、カルセイランはそう告げる。
彼らが攻撃を仕掛けて来ようとも、こちらからは攻撃を返さない。
許すのは自衛のみ。
後ろに付いてくれた二人に視線を送り、我ながら酷なことを命じていると自嘲めいた笑みが浮かぶ。
綺麗ごとを言っている自覚はある。
だが、進軍する者たちもまた、かつての自分と同じ、ヴァルハリラの害悪の犠牲者なのだ。
ぎゅっと口を引き結ぶ。
迷うな。
理想を口にする以上、ここで自分がぶれる訳にはいかない。
ましてや、自分の願いを尊重してくれた皆の前で、自分ひとりが死ぬなどという自己満足は許されない。
生きて、誰も死なせず、今のこの状況をくぐり抜けて、その先にあるものを掴み取る。
だから、今は王太子としての務めに集中し、民を守れ。
未来を、ヴァルハリラによって歪められた私たちの未来を、少しでも取り戻すために。
ああ、ユリアティエル。
君を愛している。
あの時、君を守れなかった私を許してくれとは言わない。
いや、私のことなど許してはいけない。
君が受けてきた仕打ちを思うのなら、決して。
だけどどうか、だからこそ今度は。
どうか私に力を。
今度こそ、君を守らせてくれ。
カルセイランは、自身を落ち着かせるために深く息を吐く。
未だ村は夜陰に包まれていた。
夜明けはまだ遠い。
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