【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

文字の大きさ
160 / 183

揺れる灯りの向かう先

しおりを挟む


第19日から第20日へと日付が変わってから二刻程が過ぎた頃だろうか。


再び斥候からの知らせが届き、村内がにわかにざわめき立った。

カルセイランはその知らせを聞くと静かに立ち上がり、村の入り口、その中央に立つ。


彼のすぐ後ろに控えるのは、右がリュクス、左はノヴァイアスだ。


他の騎士たち、そしてカサンドロスの私兵たちは、かねてよりカルセイランの指示のもとに準備していた解呪の紋様を刻んだ木杭を、入り口及び入り口へと続く道の両側に次々と立てていく。

そして、いつでも灯を灯せるように松明もあちらこちらに配置された。


カルセイランは、ただ真っ直ぐに前を見据えた。


今はまだ何も見えない。
感じるのは、ただ目の前に広がる漆黒の闇夜とそれを縫うように時折聞こえる葉ずれの音だけだ。


だが、武装した兵たちは、確かにここに向かっている。

彼らを動かしている者の悪意にも気づかず。

自分たちが操られていることも知らず。


殺意を向ける女性に、実は何の瑕疵もないという事実すら知らされないままに。


ユリアティエルは国民から、臣下から慕われていた。
皆に心から愛されていた。

そして、ユリアティエル自身、民に尽くす心を持っていた。


そんな女性に害をなさんと彼らは進軍しているのだ。


そうして意識しないままにあの女の思うように操られるとしたら。

我に返った時、彼らは漸く己のしでかした過ちに恐れ慄き、続く日々を罪悪感に責め苛まれながら過ごす事になるのだろう。


あの日、ノヴアイアスの手で解呪された時の私のように。


何故、自分は負けてしまったのか。
何故、自分は己を保てなかったのか。

何故、彼女を傷つけてしまったのか、と。


答えの出ない問いを日々繰り返しては自分に失望するのだ。


そんな思いはさせない。

そんな日々を送るのは、私ひとりで十分だ。


だから必ず。

必ずお前たちを止めてみせる。


そうしてどれだけの時間、そこに立っていただろう。


その間、誰も口を開く者はおらず、ただ静寂がその場を支配していた。


やがて、遠く、遙か遠くの木々の間から、揺らぐ松明の光がカルセイランの瞳に映り込んだ。


斥候が知らせた通り。

ペイプル軍が近づいていた。


「・・・どうやら、彼らはまだ方角が大まかにしか分かっていないようですね」


松明の集団が左右にぶれながらもこちらに向かっているのを見て、リュクスがぽつりと呟いた。


「あの距離ならば、早くてもあと一刻ほどはかかるでしょうか」
「・・・そうだな」


カルセイランは袖をそっと捲り上げ、腕を露にした。

自身が小刀で刻みつけ、醜い傷跡として今も残る紋様が、ひやりと夜風に晒される。


そして腰には自衛の為の剣。


「日が昇れば勝機が掴める。それまで何としても持ち堪えるぞ」


彷徨いつつも確実に村のある方向へと進んでいる灯りを目の当たりにして、カルセイランはそう告げる。


彼らが攻撃を仕掛けて来ようとも、こちらからは攻撃を返さない。

許すのは自衛のみ。


後ろに付いてくれた二人に視線を送り、我ながら酷なことを命じていると自嘲めいた笑みが浮かぶ。


綺麗ごとを言っている自覚はある。


だが、進軍する者たちもまた、かつての自分と同じ、ヴァルハリラの害悪の犠牲者なのだ。


ぎゅっと口を引き結ぶ。


迷うな。


理想を口にする以上、ここで自分がぶれる訳にはいかない。


ましてや、自分の願いを尊重してくれた皆の前で、自分ひとりが死ぬなどという自己満足は許されない。


生きて、誰も死なせず、今のこの状況をくぐり抜けて、その先にあるものを掴み取る。


だから、今は王太子としての務めに集中し、民を守れ。

未来を、ヴァルハリラによって歪められた私たちの未来を、少しでも取り戻すために。


ああ、ユリアティエル。

君を愛している。

あの時、君を守れなかった私を許してくれとは言わない。

いや、私のことなど許してはいけない。

君が受けてきた仕打ちを思うのなら、決して。

だけどどうか、だからこそ今度は。

どうか私に力を。

今度こそ、君を守らせてくれ。


カルセイランは、自身を落ち着かせるために深く息を吐く。



未だ村は夜陰に包まれていた。

夜明けはまだ遠い。

しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

私達、婚約破棄しましょう

アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。 婚約者には愛する人がいる。 彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。 婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。 だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

夫は家族を捨てたのです。

クロユキ
恋愛
私達家族は幸せだった…夫が出稼ぎに行かなければ…行くのを止めなかった私の後悔……今何処で何をしているのかも生きているのかも分からない…… 夫の帰りを待っ家族の話しです。 誤字脱字があります。更新が不定期ですがよろしくお願いします。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

どうしてあなたが後悔するのですか?~私はあなたを覚えていませんから~

クロユキ
恋愛
公爵家の家系に生まれたジェシカは一人娘でもあり我が儘に育ちなんでも思い通りに成らないと気がすまない性格だがそんな彼女をイヤだと言う者は居なかった。彼氏を作るにも慎重に選び一人の男性に目を向けた。 同じ公爵家の男性グレスには婚約を約束をした伯爵家の娘シャーロットがいた。 ジェシカはグレスに強制にシャーロットと婚約破棄を言うがしっこいと追い返されてしまう毎日、それでも諦めないジェシカは貴族で集まった披露宴でもグレスに迫りベランダに出ていたグレスとシャーロットを見つけ寄り添う二人を引き離そうとグレスの手を握った時グレスは手を払い退けジェシカは体ごと手摺をすり抜け落下した… 誤字脱字がありますが気にしないと言っていただけたら幸いです…更新は不定期ですがよろしくお願いします。

処理中です...