【完結】君は私を許してはいけない ーーー 永遠の贖罪

冬馬亮

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波立つ心

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あれから、どれだけ宥めすかしても、ペイプル軍の兵士たちはなかなか頭を上げようとはしなかった。


先程からずっと頭を地面に擦りつけるように下げたまま、じっと動こうとしない。


ユリアティエルは、最近よく目にするようになったこの光景が苦手だった。


抗いようがなかった人が、自分に許しを請う光景が。


ヴァルハリラの術がどれほど強力なものなのかはユリアティエル自身がよく知っている。

これまで、その敵意を一身に向けられて来たのだから。


カルセイランがユリアティエルとの婚約解消をあっさりと受け入れ、新しい婚約者を置く事になっても、それを疑問に思わせなかった程の強力な支配力。


王国全土にまで浸透したその影響力の幅広さ。


その力に、カルセイランも、カサンドロスも、ノヴァイアスも、それぞれがひたすらに防戦を強いられた。


どんな権力を、財力を、能力を持ってしても敵わない、圧倒的な力だった。


聞けば、カルセイランのもとには隣国からの助け手が派遣されたという。更には北方の地からも。


それだけの能力ある人たちが集まり、知恵と知識を振り絞り、各々の能力を尽くし、それで漸くここまで食い下がる事が出来たのだ。


そんな強大な力を行使されたペイプル軍の兵士たちを、どうして責める事が出来ようか。


王国への忠誠心を、ヴァルハリラへのそれへと巧みに塗り替えられてしまった彼らを。


解呪が成った今、ユリアティエルについての記憶を取り戻した彼らにとって、自分が仕出かした事は悪夢でしかないのだろう。


抹殺する対象としてユリアティエルの姿を脳裏に描き、逆賊をこの手で殺してやると意気揚々と進軍して来た。


果ては、それを留めようと自ら道を塞いだ王太子カルセイランに矢を穿ち、偽者と蔑み、剣を向けたのだ。


・・・確かに、あの時は恐ろしかった。

カルセイランさまの喉元に剣が突きつけられたあの瞬間、心臓が凍りつくかと思った。

でも結局、あの方はそれもチャンスに変えた。


だからもう、彼らが謝る必要はない。

そう、思うのに。


「お願いですから、もう頭をお上げになってください。皆さまが操られていた事は、わたくしもよく存じておりますので」
「しかし、ユリアティエルさま・・・っ」
「あの時、ガルスさまが機転を利かせてカルセイラン殿下に勝ったフリをして下さらなかったら俺たちは・・・」


王国に忠誠を誓う戦士としての誇りが許さないのだろう。

何と言って聞かせても納得せず、今にも自害せんばかりの勢いに、ユリアティエルは困り果てた。


「そこまでだ。ユリアティエルは謝罪を受け取ったのだろう? そしてそれは私もだ。この話はもうここで終いにしよう」
「王太子殿下・・・」


そこに、手当てを終えたカルセイランが戻って来て、話を止める。


見れば、カルセイランの手の甲や腕、首や足などに控えめに包帯が巻かれている。


全身に弓矢の雨が降り注いだ時、盾で防いだとはいえ、身体のあちこちに擦り傷を負っていたのだ。


あの時、戦いが収束しなかったら、一体どうなっていただろう。


兵士たちが更に戦う姿勢を見せ、カルセイランに襲いかかろうとした時、ガルスの機転でカルセイランは自らを人質になった様に見せかけて彼らの動きを止めた。

そうしてガルスは兵士たちに、道の左右に多数建てられた怪しげ・・・な木杭を撤去するよう命じたのだ。

彼らが自らその木杭の下へ向かうように。


心配で思わず飛び出して、カルセイランと鉢合わせしてしまった事への気まずさはあるものの、無事な姿を漸く確認できた時、ユリアティエルは心の底から安堵した。


だが手当をしに別室へと向かう時、カルセイランは物言いたげな視線をユリアティエルに送る。


それがユリアティエルの心を波立たせた。

ユリアティエル自身、説明がつかない程に。


自分の身に起きた事は、確かに悲劇だったと思う。

辛くて死んでしまいたいと思った事も幾度もあった。


だが、今はそれとは異なる辛さがユリアティエルを襲うのだ。


周囲の人たちが自分を見る目に宿る感情。

それは申し訳なさであり、悔恨であり、焦燥であり、気遣いであり、自責の念であり、憐れみでもあり。


分かっている。

それら全ては、ユリアティエルを思う温かい感情から来るものだ。


ユリアティエルを好意的に、大切に思ってくれているからこそ抱く感情なのだ。


だから感謝しなければいけない。

感謝するべきだ。

自分をそこまで深く気遣い、思い遣ってくれていることに。


なのに、どうして。

どうして、ぎこちなくしか笑えないのだろう。


周囲のその視線に気づく度に自分自身が少しずつ削られていくような、確かに着いていた筈の足元が揺らぐような、そんな不安に苛まれる。

自分の身に何が起きたかを、その度に思い知らされる、そんな気がして。


何があったとしても、強く気高く立っていたかった。

いつも笑みを絶やさずにいたかった。

そうあるべきで、今までは、辛うじてでもそれが出来ていたのに。


それがもう、出来る気がしなくて。

どこか、誰も自分を知らない所に逃げてしまいたくなる。

ユリアティエルではない別の人間になれたらいいのに、と、そんな詮ない願いさえ浮かんでくる。



こんな自分は、知りたくなかった。

強くあれる自分だと思っていたかった。



そんな事を考え、つらつらと思い悩んでいた時。

視界が突然の闇に呑まれた。


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