【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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上には上がいるもので

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狙いは僕だと思っていた。
きっとライナスも。そしてケインも。

だからライナスは僕の側にケインを置いた。そして僕を守れと言った。
だからケインは僕の側にいた。そしてナイフを隠し持った男を見て、僕の前に飛び出した。

みんな僕を守ろうとして。
僕を庇おうとして。

僕自身、身を守ろうと腰に下げた短剣の柄を握りしめていた。

……でも。
僕じゃなかった。

狙われたのは僕じゃなかった。

なのに、誰も側にいなかった。
誰も……エレアーナの側にいなかった。

みんな僕を守ろうとしていたから。

男の目が向かう先は、僕じゃなく。
僕のいる場所よりも少し東にずれた販売スペース近く。
そこにいたのは、子どもたちに囲まれた……エレアーナ。

嘘だろ。

男の狙いに気づいた瞬間、背筋が凍りつく。

エレアーナと男との距離は僕たちとのそれよりも近く、どうやっても間に合わないことは一目瞭然で。

裏庭からこちらに戻りかけていたライナスの瞳が、大きく見開いて。

なぜ、油断した。
なぜ、自分だと思った。
どうする? どうしたらいい?

ケインが大きく足を踏み出して。走る。
その後に、僕も続く。

……ダメだ、間に合わない。遠すぎる。

そのとき、どこからか声が響いた。

「やぁやぁ、ハインツ。ここにいたのか。探し回ってしまったよ。ちょっと遅れたからってオレを置いていくとは、ひどいじゃないか」

ぶ厚い黒縁の眼鏡をかけ、ぶかっとした帽子にグレーの大振りのケープをまとった男が、ぶんぶんと大きく手を振りながら、ナイフの男の方に歩いていく。
その男が浮かべる満面の笑顔に、ナイフの男も逡巡して。

「……なんだ? ひ、人違いじゃないか? 俺はハインツなんて名前じゃないぞ」
「ん? 何を言って……。おや、これはこれは、失礼を。知り合いに大変似てたもので」
「わ、わかればいいんだ。……もういいだろ。そこをどけよ」
「まぁ、そう怒らないでくれ。そうだ、お詫びに一杯奢ろうじゃないか。こちとら友人に振られてしまってねぇ、ひとり屋台なんてわびしいと思ってたところなんだよ」

眼鏡の男が、やたらと人懐こく誘いをかけているうちに、背後からライナスが距離を詰める。

「結構だ、俺は用があるんだよ。どいて……」
「ほう、オレの誘いを断るとは、一体どんな急用なんだい?」

声色が急に変わり、一段低くなる。
するり、彼は男の胸元に手を滑らせ、内ポケットに隠していたナイフの柄をぐっと握った。

「まさか、こんな物騒なものを使う用事ではあるまいね……?」
「ひっ……」

小声で呟いた眼鏡の男の発する穏やかでない空気にひるんで、その場で思わず固まってしまった男の背後から、ライナスが腕を捻りあげて動きを封じる。
男は声も出せずに、ただ口をぱくぱくと開閉するだけ。

男がしっかりと拘束されたことを確認してから、眼鏡の男はゆっくりと握っていた柄から手を離した。

「なぁんだ、連れがいたのかい。じゃあ、どうかな? 後ろのお連れさんも一緒というのは?」
「ご一緒したいところだが、残念ながら、今からこいつと大事な用があってね」
「おやおや、それは残念。それでは、またの機会に誘わせていただくとしようか」

澄まして答えるライナスに、その男は肩をすくめてみせる。
そして、くるりと向きを変えると、ひらひらと手を振りながらそのまま去って行った。

……え? 今の、何?

目の前の出来事が信じられなくて、しばし呆然としてしまう。
同じく途中で立ち止まり、大人しく事の成り行きを見ていたケインの顔も、不思議そうな、どこか間の抜けた顔で。

……きっと僕も同じような呆けた顔してるんだろうな。

安心した。……安心したけど。

……なんだろう、これ。
感心したというか、驚いたというか、憧れるというか、胸がざわつくというか。

自分も、ちょっとは成長したつもりでいたんだけどなぁ。

上には上がいるって、こういうことなのかと、そう思ってしまった。
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