【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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初めて聞く名

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聞き覚えのない名前に、ベルフェルトの片眉が少し上がる。
だが、口は固く引き結んだまま、何も言わずにいた。

対してライナスバージは、その名を耳にして一瞬、目を瞠り、それから困ったような顔をして。

一方ルナフレイアは、ただ真っ直ぐにそんなライナスを見つめている。

ライナスは何か言おうと口を開けて、また閉じて。
しばし考え込んでは、また口を開いて。

そしてようやく言葉を発した。

「オレは別にそんなこと・・・」
「思ってらっしゃらないと? そう仰るの?」
「ルナ・・・」
「ライナス兄さま。いい加減、前をお向きなさいませ」

ひゅっという風切音と共に素早い蹴りが繰り出される。

舞い上がるスカートに躊躇する様子も見せないその思い切りの良さに、傍観者であるベルフェルトは思わず感服する。

「ちょっ、ルナ。お前、スカート・・・」
「まだそんなことを仰る余裕がおありですか?」

身を捻って躱すライナスに、軸足でそのまま回転して更にスピードを乗せた蹴りをもう一発送り込む。

躱すだけで防戦一方のライナスは、その後もただじりじりと下がり続け、ついには壁際へと追い詰められた。

「・・・このまま、ただ逃げ続けるおつもり?」
「ルナ、オレは」
「もう一度申し上げます。わたくしはアリスティシア姉さまではありませんよ」

ライナスはぐっと唇を噛み締める。

「どうしました? 五つも年下の従妹にやられっぱなしで終わるのですか? それでも貴方はロッテングルムの人間ですか?」
「・・・これは、いつもの手合わせとは違う」
「そうですね。これは手合わせなどではなく、ただ兄さまの過保護な心配に対するわたくしの抗議ですから」

ルナフレイアの瞳は真っ直ぐにライナスを捉え、ひたりと見据えている。

「・・・わたくしは守られる必要などありません。何故それをお認めにならないのです?」

間合いを詰めながら、ルナフレイアは詰問した。

「わたくしを見なさい、ライナスバージ・ロッテングルム。わたくしはルナフレイア・ロッテングルムです。貴方の目には、わたくしが姉に見えるのですか?」
「・・・いや」

ルナフレイアは、ライナスバージに腕を伸ばせば届く距離にまで詰めていた。

語気は荒いが、その眼に宿る光は果たして怒りなのだろうか、とベルフェルトは訝しむ。

「お前はルナだ」

ライナスがぽつりと呟いた。

その胸元に、ぽすんと軽く拳が入る。
その拳の主は、一度大きく息を吐いてから口を開いた。

「・・・姉さんとの決着は姉さんとつけて頂戴。私みたいにね」
「そうだな。悪かった」

ルナフレイアはくるりと体の向きを変え、壁に寄り掛かっていたベルフェルトの元へと向かう。

そしてベルフェルトにぺこりと頭を下げた。

「今日は非番だったのに、兄妹喧嘩に付き合わせちゃってごめんなさい。それから、ありがとう」
「いや、これを役得というのかな。なかなか良い眺めだったぞ」
「はい?」

ベルフェルトは意地の悪い笑みを浮かべる。

「次回の兄妹喧嘩もスカートで頼むよ」
「なっ! み、見たの?」

一瞬で赤くなったルナフレイアは、目の前でにやにやと笑う男をきっと睨む。

「さてな、どうだったろう。見えそうで見えなかったかな」
「・・・本当?」
「そういう事にしておいたほうが、君の心の平安になるだろう」

くく、と笑いながら扉に手をかけ、鍵を開ける。
そしてライナスの方へと顔を向けた。

「そろそろ半刻が経つぞ。殿下のところに行くのではなかったか?」
「あ、ああ」

ライナスが弾かれたように壁から背を浮かす。

「ベル、すまなかったな。今日は当主としての仕事があって来てたんだろう?」

神妙な顔で謝るライナスに、ベルフェルトは気にするなと手を振った。

「オレがお前の従妹を引き込んだ任務が危険である事には違いない。だが、彼女が強いこともまた事実だ。まぁ、事情は知らんが、たまにはぶつかるのも良いのではないか?」

そう言って、扉を開けた。

「オレには喧嘩できるような相手がいないからな。少し羨ましかったぞ」
「・・・お前と喧嘩する度胸のある奴なんて、そうそういねぇだろ」

呆れたような顔で言葉を返したライナスに、ふ、と笑みで答えると、ベルフェルトは執務室が並ぶ棟へと足を向けてから、立ち止まる。

「ルナフレイア嬢。君は今日は報告書を上げる予定じゃなかったか? もう休憩は十分だろう。さっさと戻って、今日中に全て書き上げてくれたまえよ」
「うぇ・・・」

机の上に残してきた書類の山を思い出してルナフレイアは思わずゲンナリとした表情を浮かべる。

そんなルナフレイアを見て意地悪そうに笑ったベルフェルトは、そのまま二人を残して去っていった。
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