【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

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おめでた

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部屋の扉の前をうろうろとせわしなく歩きながら、ケインバッハは医師が出て来るのを今か今かと待っていた。
もうかれこれ半刻はそうしているだろうか。

「ケインバッハさま。どうか少し落ち着いてくださいませ」

見かねた執事が苦笑と共に言葉をかける。

「・・・だが、こうしていないと、どうにも気がおさまらない」
「ここでそのようにして歩き回られても、診察が早く終わるわけではありませんよ?」
「・・・わかってる」

叱られた子どものようにしゅんとするケインの姿に思わず微笑みを浮かべる執事だが、さて、坊っちゃまをサロンにでも誘導しようかと思ったところで扉が開いた。

「お待たせしました。中にどうぞ」

ケインバッハと執事とが神妙な顔をして中へと入っていく。

ベッドには背中に大きめのクッションを幾つも重ねて上半身を起こす形にして座っているエレアーナが。
そしてその傍にはお付きの侍女がいた。

「レアナ、大丈夫か?」
「ケインさま」

迷わずベッドの傍に走り寄る夫に、エレアーナは優しく微笑みかける。

「ご心配をおかけしまして申し訳ありません」
「何を言う。それで、あの・・・あれは、あの結果は」

今更もごもごと口籠るケインを温かい眼差しで見守る医師が、にこやかに口を開いた。

「ダイスヒル公爵さま。おめでとうございます。奥さまがご懐妊されました」

半ば予想していた事とはいえ、改めて言われると感慨深いものがある。
それまで冷静さを装っていた執事まで、目を輝かせていた。

「早速、大旦那さまと大奥さまにお伝えしなくては」

慌てて王城に使いを出そうとする執事を、ケインが手で制する。

「午後から執務で王城に行くから、父にはその時に俺から伝えよう。母には俺が直接話す。・・・それよりレアナ」
「はい」

名前を呼びながら、手をそっと握る。

「ありがとう」
「ケインさま・・・」
「身体には、くれぐれも気をつけてくれ」

そう言うと、頬に口づけを落とした。
頬とはいえ人前で口づけられて、エレアーナは一瞬、赤くなるも、嬉しさが勝ったのか照れ臭そうに微笑んだ。

「今は体調が不安定な時期です。奥さまがお心安らかに暮らせるよう周囲が気を配るようにください」
「わかった」

医師からの注意に、素直に頷くケインバッハ。
その後も色々と注意事項が並べられたが、ケインはずっと真面目に頷きながら聞いていた。

・・・最後の一つまでは。

「当分の間、夫婦生活はお控えください」
「・・・は?」
「ですから夫婦生活はお控えください、と」
「夫婦・・・生活? 妊娠したら別居しなければならないのか? 実家に帰せと?」
「は? いえ、そのようなことは」

真っ青な顔で問い返すケインに、医師が怪訝な表情で慌てて否定する。

「だが夫婦生活をするなと今・・・」
「夫婦の夜の営みのことでございますよ。ケインバッハさま」

横から執事が助け舟を出す。

え、それが分かっていなかったのか、という驚愕の表情を医師は浮かべたが、すぐにそれを取り繕い、オホンと咳払いする。

「左様でございます。私が申し上げるまでは、どうか夫婦せ・・・夜の営みをお控えくださいますように」

医師の話に、ケインバッハはふむ、と考え込む。

「そうか。そういうものなのか。わかった。ああ、では聞くが、何もせずにただ寄り添って眠るのは構わないか?」
「はい」
「抱きしめたり、手を繋いだり、口づけたりするのは?」
「構いません」
「そうか。では、夜は一緒に眠るだけなら出来るのだな」
「勿論です」

話しているうちに、医師は切れ者と噂の高いダイスヒル家の後継がやたらと初心うぶなことに気がつき、少し意外で面白いと思った。

そこでちらりと新妻を見やれば、同じく医師からの諸注意をふむふむと頷きながら聞いている。

・・・ここの新婚夫婦はもしや、とてつもなく真面目で可愛らしいタイプなのか?

このやり取りを、執事はうんうんと温かい目で見守っていることからすると、これが普段の姿に違いない。

「よし、では母上にも早速知らせてこよう」

頬を紅潮させ、いそいそと報告に赴くケインバッハの姿は、医師の目にはぶんぶんと大きく揺れる大きな尻尾がついているかのようだ。

「・・・随分と嬉しそうですね。ダイスヒル公爵さまは」
「ええ、わたくしも嬉しいですわ。あんなに喜んで下さるなんて」

ぽつりと思わず呟いた医師の言葉を、エレアーナも肯定する。

「診察の結果が気になって、午前の執務を休まれるくらいですからね。下手をしたら午後も休んで奥さまに付いていると言い出すかもしれませんよ」

苦笑まじりに執事が告げると、エレアーナが「まあ」と笑う。

「そんな調子では、この先もずっとお仕事に行ってもらえなくなってしまいますわね。それに、生まれたら生まれたでまた子どもにべったりになりそうですわ」
「本当に」

エレアーナと執事とのそんな会話を聞きながら、医師は先ほどのケインバッハの後ろ姿を思い出し、確かに子煩悩になりそうだ、などと想像したりして。

プレッシャーになってはいけない、と自室で待機していたケインバッハの母、ミルッヒが、知らせを聞いて庭園で花のブーケを持って部屋を訪れたのは、このすぐ後のこと。
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