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ライナスの事情
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「あれ、ラエラ嬢」
珍しい、と言いたげに目を瞬かせて名前を呼ぶ。
「すみません。鍛錬を邪魔してしまいましたか?」
そんな謝罪の言葉に、「いいや、全然」と赤色の瞳が柔らかく細められた。
「ライナスバージさまに折り入ってお伺いしたいことがございまして。・・・お時間を少々いただいても?」
突然の申し出に目を丸くしつつも、この人の好い騎士は、理由も聞かずに笑って「いいよ」と頷いてくれる。
「・・・実はルナフレイアさまの事なんですが」
「えっ、あいつ何かやらかしたの?」
「あ、いえ。そのような事は・・・」
食い気味に問われ、慌てて疑惑を否定する。
「なんだ、何か突っ走って迷惑をかけたかと焦っちゃったよ」
「とんでもありません。寧ろルナフレイアさまの働きには皆、感謝しております。本当に貴重な戦力となって下さって」
「そっか。ま、あいつが役に立ってるんなら良かった」
そう言ってニコニコと笑う姿は、やはりルナフレイアを彷彿とさせる。
流石、従兄ね。
そんな事をふと思って、それから話したかったことへと頭を切り替える。
「それで、あの、これはわたくしの勝手な考えなのですが」
「うん」
「貴重な戦力であるルナフレイアさまが王都を離れてしまわれる事をとても残念に思っているのです。このまま王都に留まっていただくのは難しい事なのでしょうか」
ぴしり、とライナスの動きが固まる。
動かなくなった表情に、視線だけが気まずそうに左右に揺れる。
あら・・・?
これは何か事情があるのかしら・・・?
「あー・・・」
気まずそうに頭をポリポリと掻きながら、ライナスは懸命に言葉を探す。
「それは何て言うか・・・うん、そうだよな。・・・うん」
何やら一人で納得したように頷くと、はあ、と息を吐いて観念したように口を開いた。
「えーとですね・・・まあ、ぶっちゃけて言うけど、あいつがロッテングルム領に絶対に戻らなきゃいけないってことは、ないんだよね。・・・ただ」
「ただ・・・?」
「んーと、尻拭い? ・・・的な」
「尻拭い・・・ですか。どなたの?」
「あー、えーと、その・・・多分、オレ・・・かな?」
「・・・はい?」
言われている事の意味が分からず、ついついジト目で見つめてしまう。
すると、それを責めていると取ったのか、小さな声で「なんかすいません・・・」と謝られてしまう。
慌てて顔の前で両手を振ってそれを遮る。
「わたくしに謝罪の言葉を述べる必要はないかと。・・・それよりも、申し訳ありませんが、仰っている事の意味が分かりかねます」
「あー、だよね。うん」
それにしても、あまりよく知らない間柄とはいえ、これまでの印象とはずいぶんと違う反応にラエラは驚いていた。
威勢が良くて、割り切りが早くて、細かいことを気にしない。
明るく、前向きで、思ったことは即行動。
取りあえずやってみろ、やって駄目ならその時にまた考えろ、的な人かと思っていたけれど。
一体誰なのかしら。
私の目の前で悶々と悩んでいる、この人は。
・・・実は、ライナスバージさまのそっくりさん?
「ええと、ラエラ嬢?」
「は、はい?」
考えが横道にそれてぼんやりしていたラエラを、ライナスバージが心配そうに見ている。
「・・・まあ、取りあえず、ラエラ嬢の言いたいことは分かったから、ちょっと時間をもらえるかな?」
「・・・はあ」
ライナスは眉尻を下げ、少し困ったように笑った。
「多分、これはオレの問題。それに、もしここにあいつの居場所があるんなら、あいつにも選択肢があっていいと思う」
全然話が見えない。
そう思ったけれど、多分、これ以上は自分が足を突っ込んでいい話ではないのだろう。
・・・そもそも、ここにこうして話に来ただけでも余計なお世話なのだ。
だってルナフレイアは帰ろうとしているのだから。
あんなに。
誰が見ても分かるほどにベルフェルトを慕っているのに。
ベルフェルトもルナフレイアを大事にしているのに。
当事者二人だけが、互いに知らない振りをしている。
こうして改めて考えてみると、自分たちの恋は随分あっさりと決まったものだとラエラは感心する。
見合いをして、互いに恋をしていることを確認して、すぐに婚約して、電撃的な速さで結婚して。
初恋で、初見合いで、そのまま結婚にまで行ったから。
だから知らなかった。
恋愛って、実はこんなに大変なものだって。
実は結構、すれ違うものだって。
シュリエラとアッテンボロー。
ルナフレイアとベルフェルト。
互いに気になりながらも、どうしてこうも態々遠回りをしたがるのか。
まあ、最近やっとシュリエラたちは落ち着いてきたけれど。
・・・好きなら即、目標に向かって行動、それでいいでしょうに。
自分ならそうする。実際、そうしてきた。
そっちの方が珍しいと言われても、自分はこの恋しか知らないから。
だから結局、分からないままなのだ。
そして今、目の前の凄腕剣士、ライナスバージも何やら訳アリの様子で。
世間は分からない事だらけだ。まだまだ勉強が足りない。
ラエラは、心の中で更に勉強時間を増やす決意を固める。
・・・だから。
「殿下の結婚式までには、そっちの答えも出せるようにするから」
そう言われて。
「分かりました」
・・・そう答えるしかなかった。
たとえ言われたことの意味が分からなかったとしても。
珍しい、と言いたげに目を瞬かせて名前を呼ぶ。
「すみません。鍛錬を邪魔してしまいましたか?」
そんな謝罪の言葉に、「いいや、全然」と赤色の瞳が柔らかく細められた。
「ライナスバージさまに折り入ってお伺いしたいことがございまして。・・・お時間を少々いただいても?」
突然の申し出に目を丸くしつつも、この人の好い騎士は、理由も聞かずに笑って「いいよ」と頷いてくれる。
「・・・実はルナフレイアさまの事なんですが」
「えっ、あいつ何かやらかしたの?」
「あ、いえ。そのような事は・・・」
食い気味に問われ、慌てて疑惑を否定する。
「なんだ、何か突っ走って迷惑をかけたかと焦っちゃったよ」
「とんでもありません。寧ろルナフレイアさまの働きには皆、感謝しております。本当に貴重な戦力となって下さって」
「そっか。ま、あいつが役に立ってるんなら良かった」
そう言ってニコニコと笑う姿は、やはりルナフレイアを彷彿とさせる。
流石、従兄ね。
そんな事をふと思って、それから話したかったことへと頭を切り替える。
「それで、あの、これはわたくしの勝手な考えなのですが」
「うん」
「貴重な戦力であるルナフレイアさまが王都を離れてしまわれる事をとても残念に思っているのです。このまま王都に留まっていただくのは難しい事なのでしょうか」
ぴしり、とライナスの動きが固まる。
動かなくなった表情に、視線だけが気まずそうに左右に揺れる。
あら・・・?
これは何か事情があるのかしら・・・?
「あー・・・」
気まずそうに頭をポリポリと掻きながら、ライナスは懸命に言葉を探す。
「それは何て言うか・・・うん、そうだよな。・・・うん」
何やら一人で納得したように頷くと、はあ、と息を吐いて観念したように口を開いた。
「えーとですね・・・まあ、ぶっちゃけて言うけど、あいつがロッテングルム領に絶対に戻らなきゃいけないってことは、ないんだよね。・・・ただ」
「ただ・・・?」
「んーと、尻拭い? ・・・的な」
「尻拭い・・・ですか。どなたの?」
「あー、えーと、その・・・多分、オレ・・・かな?」
「・・・はい?」
言われている事の意味が分からず、ついついジト目で見つめてしまう。
すると、それを責めていると取ったのか、小さな声で「なんかすいません・・・」と謝られてしまう。
慌てて顔の前で両手を振ってそれを遮る。
「わたくしに謝罪の言葉を述べる必要はないかと。・・・それよりも、申し訳ありませんが、仰っている事の意味が分かりかねます」
「あー、だよね。うん」
それにしても、あまりよく知らない間柄とはいえ、これまでの印象とはずいぶんと違う反応にラエラは驚いていた。
威勢が良くて、割り切りが早くて、細かいことを気にしない。
明るく、前向きで、思ったことは即行動。
取りあえずやってみろ、やって駄目ならその時にまた考えろ、的な人かと思っていたけれど。
一体誰なのかしら。
私の目の前で悶々と悩んでいる、この人は。
・・・実は、ライナスバージさまのそっくりさん?
「ええと、ラエラ嬢?」
「は、はい?」
考えが横道にそれてぼんやりしていたラエラを、ライナスバージが心配そうに見ている。
「・・・まあ、取りあえず、ラエラ嬢の言いたいことは分かったから、ちょっと時間をもらえるかな?」
「・・・はあ」
ライナスは眉尻を下げ、少し困ったように笑った。
「多分、これはオレの問題。それに、もしここにあいつの居場所があるんなら、あいつにも選択肢があっていいと思う」
全然話が見えない。
そう思ったけれど、多分、これ以上は自分が足を突っ込んでいい話ではないのだろう。
・・・そもそも、ここにこうして話に来ただけでも余計なお世話なのだ。
だってルナフレイアは帰ろうとしているのだから。
あんなに。
誰が見ても分かるほどにベルフェルトを慕っているのに。
ベルフェルトもルナフレイアを大事にしているのに。
当事者二人だけが、互いに知らない振りをしている。
こうして改めて考えてみると、自分たちの恋は随分あっさりと決まったものだとラエラは感心する。
見合いをして、互いに恋をしていることを確認して、すぐに婚約して、電撃的な速さで結婚して。
初恋で、初見合いで、そのまま結婚にまで行ったから。
だから知らなかった。
恋愛って、実はこんなに大変なものだって。
実は結構、すれ違うものだって。
シュリエラとアッテンボロー。
ルナフレイアとベルフェルト。
互いに気になりながらも、どうしてこうも態々遠回りをしたがるのか。
まあ、最近やっとシュリエラたちは落ち着いてきたけれど。
・・・好きなら即、目標に向かって行動、それでいいでしょうに。
自分ならそうする。実際、そうしてきた。
そっちの方が珍しいと言われても、自分はこの恋しか知らないから。
だから結局、分からないままなのだ。
そして今、目の前の凄腕剣士、ライナスバージも何やら訳アリの様子で。
世間は分からない事だらけだ。まだまだ勉強が足りない。
ラエラは、心の中で更に勉強時間を増やす決意を固める。
・・・だから。
「殿下の結婚式までには、そっちの答えも出せるようにするから」
そう言われて。
「分かりました」
・・・そう答えるしかなかった。
たとえ言われたことの意味が分からなかったとしても。
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