【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮

文字の大きさ
243 / 256

浮き名のはなし

しおりを挟む
レオンハルト王太子殿下とカトリアナ・マスカルバーノ侯爵令嬢の婚姻の儀を十日後に控えた午後のこと。


休暇を取ったベルフェルトとルナフレイアは、ある子爵の邸を非公式に訪ねていた。

そこで彼らを待っていたのは、麗しいご夫人方およびご令嬢の合わせて三人。

ちなみに仕事ではない。私用である。

どうしても話しておきたい事がある、と言うベルフェルトのたっての願いで、この不思議な顔ぶれでの会合が開かれたのである。

実はこの三人、ベルフェルトと噂になっていた女性たちのうちの数名にあたり、それぞれはラウール侯爵夫人、ドリアノア元伯爵夫人、そしてレイスヒル子爵令嬢である。

噂などが立って無用な面倒事を引き起こさないようベルフェルトもルナフレイアも変装しての訪れだった。

・・・と言っても、この面々での集まりに、何の剣呑さも見られない。
そう、別に痴話喧嘩でも、修羅場でもないのである。

それもその筈、実はこの三人の女性とベルフェルトとの間では、浮名を流すにあたってのある約束事が交わされていた。

「・・・フリ、ですか」

呆けたような、ルナフレイアの声が響いた。

テーブルを挟んで対面に座る三人の女性と、隣に座るベルフェルトが、まるで揃えたかのように、一斉に頷く。

「まあ、互いに縁談などを持ち込まれては困る事情を抱えていた者同士だったのでな、手を組むのはどうか、と持ちかけたのが始まりで・・・」

そう説明したベルフェルトの言葉を継いで、一人目の浮き名のお相手、ラウール侯爵夫人が口を開いた。

「わたくしは、七年前に夫を亡くしておりまして、忘れ形見である息子と二人で暮らしておりますの」

たおやかで楚々とした美人である侯爵夫人は、そう言って微笑んだ。

「バレンティンが成人した暁には、あの子にラウール侯爵家当主の座を継いで欲しい、その一心で、陛下のお許しをいただいて侯爵家当主の代行をわたくしが務めております」

ルナフレイアは、ピンときた。

「・・・そう言う事だったんですね」
「はい。侯爵家当主の座を狙う殿方が多くて困っておりまして、正直、ベルフェルトさまのお申し出はとてもありがたかったのですわ」

人目を欺くために、ベルフェルトはラウール侯爵家を訪れては数時間滞在したり、泊まっていったり。
勿論その際は、信頼のおける執事や侍女たちの複数の目がある中で、しかも夫人とではなくバレンティンと過ごしていたという。

「教師のように、あの子に剣や学問を教えてくださり、却ってこちらが申し訳なく感じるほどでしたわ」

ですが、ベルフェルトさまのご婚約にあたって誤解などがあってはいけませんからね、と夫人は続けた。

頷いたルナフレイアに、次はわたくしが、と口を開いたのが、ドリアノア元伯爵夫人である。

「わたくしも夫を亡くしまして、もう六年になりますかしら。年が離れておりましたから、結婚生活はさほど長くはありませんでしたわ」

こちらは、豊満な身体が悩ましい色気のある美人である。

「子どもも出来ませんでしたから、爵位は夫の弟に当たる方が継いだのですが・・・」

そこで眉を寄せ、はぁ、と大きな溜息を吐く。

「その義弟が、あろうことか言い寄って来たのですわ、わたくしに」
「・・・はあ?」

思わず呆けた声を出したルナフレイアに、元伯爵夫人は我が意を得たりとテーブルをばん、と手で叩いた。

「そうでしょう? はあ?、でございましょう? わたくしもそう思いましたわ。だって既に奥さまがいらっしゃるのよ?」
「はああ?」

はしたなくも更に大きな声を返してしまったルナフレイアだが、誰も彼女を咎めはしない。
寧ろ、皆うんうんと頷いている。

「要は愛人になれ、と言う事でしたの。馬鹿にするのも大概にして欲しいですわ。あんなハゲデブ親父の、しかも愛人だなんて、夫の時は政略結婚だったから我慢しましたけど、何を好き好んでわざわざあんな男と・・・!」

話しているうちに気分が悪くなったのだろう、眉間に皺を寄せ、両腕で自分の身体をぎゅっと抱え込んだ。

「あの、でもそれじゃ、これからはどうされるんですか?」

今後の事を考えたルナフレイアが心配すると、夫人はふふ、と笑った。

「大丈夫です。代わりの方をご紹介いただきましたから」
「ファイを紹介した。あいつは独身至上主義者でな、縁談を回避したくて騒いでいたから丁度良かった」

横からベルフェルトが説明を補足する。

「・・・わたくしは好いた方がいるのです」

三人目のレイスヒル子爵令嬢が語り始めた。

「ですが父が反対しておりますの。相手が平民だからと、許していただけず・・・」

儚げな雰囲気の美少女が物憂げに俯いてそう語りだす。
いかにも可哀想で守ってあげたくなる感じ・・・と、ルナがそう思った時。

令嬢はがばっと顔を上げて拳を突き上げた。

「冗談じゃありませんわ! 無理やりの縁談など断固阻止でございます! わたくしはどんな手段を使っても、愛しのダニエルさまと結婚しますわ!」

おお~っと歓声が上がり、拍手が巻き起こる。・・・勿論、隣にいる二人のご夫人たちからだ。

「・・・と言うわけで、現在、放蕩娘を演じておりますの。お陰さまで今は縁談も来なくなりましたわ。あっ、勿論、市井に下った時のために家事についても学んでおります。もう掃除も料理もなかなかの腕ですのよ?」

ちなみにダニエルさまもこの事はご存知です、と、にっこり笑って付け加えた。

わぁ、凄い。皆たくましい。
などと感心していたら。

横からすっと腕が伸びてきて、ルナフレイアを脇へと引き寄せる。

そのまま、とん、とぶつかったのは、ベルフェルトの広い胸板だ。

「・・・それで、理解してもらえたかな? オレが浮き名を流していた相手についての真実は」

ちなみに契約していたのはこの三人だけだが、その他の諸々の噂に関しては、ベルフェルトがフッたその他の女性たちが、勝手に色々なエピソードを創作して吹聴して歩いたらしい。

「誓って彼女たちとの間には何もない。というか、もともとこちらにそんな気もないところに仕事で忙しくて会う時間もないのだから、物理的にも有り得ない話なのだがな。・・・信じてくれるか?」

すっぽりと腕の中にくるまれた体勢でそう耳元に囁かれ、瞬時に頬を染めたルナフレイアは、ただ黙ってこくこくと頷きを返した。

「なら・・・よかった。オレが愛するのは真実、君ひとりだけだ。そのことを忘れないでくれ」

そう言って、温かく見守る三人の協力者たちの前でルナフレイアのおでこに口づけを落とした。

ルナフレイアの心拍数はギリギリ限界値にまで跳ね上がることになったが、だからと言って、彼女を抱えるベルフェルトの腕の力が緩んだりはしない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」 「……は?」 そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!? 精霊が作りし国ローザニア王国。 セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。 【寝言の強制実行】。 彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。 精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。 そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。 セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。 それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。 自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!! 大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。 すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

処理中です...