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待ちに待った日

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次の日が楽しみすぎて眠れないって、僕は子どもか?

なんて自分で自分に突っ込んでみたって始まらない。

だって仕方ないじゃないか。
あの子に恋をしているって気づいた日から、ずっと。

ずっと望んでいた。
ずっと焦がれていた。

欲しくて、欲しくて、この腕の中に閉じ込めたくて堪らなかった。

初恋のときとは違う、強く相手を求めて止まない欲求。
エレアーナ嬢に抱いていたような淡い憧れとは程遠い、どうあっても自分のものにしたいという強い衝動。

誰かに譲るなんて考えられない。
想像しただけで気分が悪くなる。

あの子がいいんだ。
僕の妃になるのは、あの子がいい。
そう、あの子じゃなきゃ駄目なんだ。

だからね、カトリアナ。
どうか許しておくれ。

こんな大切な日に、寝不足で隈を作って現れた僕を。

しょぼしょぼした目で会堂の奥を見遣る。
そして僕は驚きで目を瞠る。

・・・ああ、綺麗だ。

僕の、僕の愛しいお嫁さん。
可愛い僕の妃。

今日から君は僕のもので、そして僕は君のもの。

足取りが少しおぼつかないような気がするのは、寝不足のせいなのか、はたまた緊張のせいなのか。
胸がドキドキして息をするのも一苦労なのは、顔に一気に熱が集まったような気がするのは。

それは一体、何のせいなのか。

レオンハルトの色を纏ったカトリアナは、それはそれは美しい。
淡い紫の薄地の布を幾重にも重ねたドレスには、胸元と裾に金糸で細やかな意匠の刺繍が施され、細かくカットされた紫水晶があちこちに縫いとめられている。

金糸と紫水晶が窓から差し込む陽の光をきらきらと反射し、カトリアナの姿は文字通り煌めいていた。

---あれは相当な衝撃だぞ。花嫁のドレス姿以外、目に入らなくなるんだ---

うん。本当だね、ケイン。
カトリアナ以外、何も見えないや。

恥ずかしげに俯いていたカトリアナは、視線に気付いたのか、顔を上げてレオンハルトの方を見る。

そして花婿が近くまで来ていることに気づき、瞬時に顔を赤くした。

すぐ側まで行くと、レオンハルトはカトリアナに手を差し伸べる。

王族の結婚は、二人ともに揃って入場するのだがこの国の習わしだ。
参列者が見守る中、二人は歩き始める。
壇上で待つラファイエラスの前まで、静寂が覆う場内を、二人はゆっくりと進んでいった。

ふと、レオンハルトの掌の上に重ねられたカトリアナの手が、小刻みに震えているのに気づく。

・・・良かった。
緊張しているのは、僕だけじゃないんだね。

壇上に立つラファイエラスの前で、二人の足は止まる。

ラファイエラスが二人の婚姻を高らかに宣言する声が会場内に響く。

緊張のせいか、それとも高いヒールのせいなのか、カトリアナの身体が僅かに揺らいだ。

レオンハルトの掌に重ねていたカトリアナの手に、ぎゅっと力が籠り、もう片方の手が更にその腕を掴む。
必然的に寄り添うような形になって。

「も、申し訳ありません・・・」
「・・・大丈夫だよ」

慌てて小声で謝るカトリアナを、レオンハルトは優しく宥めた。

これだけの人の目が自分たちに集中しているのだ。
それを気にするなと言うのが無理な話だろう。

頬を染めて、震える手でレオンハルトに縋りつくカトリアナの姿は、花婿にとってただただ愛らしかった。

・・・でも。

「まだ誓いの口づけの時間には早いよ?」

両手で縋りついたままでいるカトリアナに、レオンハルトは顔を寄せると、そう耳元で囁いた。

「・・・っ!」

耳や首まで赤くしたカトリアナが、思わず両手を腕をぱっと放す。

「・・・両方とも放しちゃ駄目でしょ?」

そう言って、レオンハルトがもう一度手を差し伸べた。

あわあわしながら手を乗せる様は、見ていてとても癒される。

ふふ。可愛い。

緊張でガチガチになっているカトリアナを見ているうちに、レオンハルトの方の緊張はすっかり解けたようで、その表情にはいつもの余裕の笑みが浮かんでいた。

「・・・揶揄うのも大概にしてやれ」

すかさず小声で諭すのは、目の前で祝福の言葉を捧げていたラファイエラスだ。

それに応えてレオンハルトがさりげなく姿勢を正すと、ラファイエラスは呆れたように溜息を吐いた。
そしてその後、ラファイエラスによる祝福の言葉が終わり、いよいよ誓いの口づけを交わす瞬間がやって来た。

レオンハルトはカトリアナの両肩に手を乗せると、そっと顔を近づけ、優しく口づけを落とす。

すぐに唇が離れたかと思ったら、またすぐに口づけが落とされて。
そしてまた離れては、角度を変えて再び落とされる。

三度、四度、とそれが続き、それでもまだ終わる様子がなかったため、仕方なくラファイエラスが小さな声で「今はそれくらいで我慢しろ」と止めさせた。

婚姻の儀の半ばにして、早くも目が回りそうになっているカトリアナを横目に、レオンハルトの機嫌はますます上向きになっていくのだった。
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