転生モブ一家は乙女ゲームの開幕フラグを叩き折る

第1章

第81話 水魔法の練習

ボソボソとリネリア嬢は俯きながら言葉を絞り出す。

「……最初は何もないところから水が出て面白いと思ったけど……。それだけなの。後は的に向かって魔法を発するだけなんだもの……。
的に当たらないし……。何かの役に立つわけでもないし。今はあまり面白く感じないのよ。」

「日常では使わないんですか。水魔法は結構便利だと思うけど。」
「日常？便利って、たとえばどんな？」
「手を洗ったりとか。顔を洗ったりとか。」
「まあ！」

リネリア嬢はびっくりした顔をして、それから自分の両手を顔の前に持ってきてじっと見た。

「思いもしなかったわ。手や顔を洗うときはいつもメイドが水を持ってきてくれるの。でも……、そうね。ちょっと手を洗いたい時にメイドを呼ばなくても洗おうと思ったら洗えるのね！」

リネリア嬢が両手をくっつけてお椀状にしたところから、じわっと水が出てきた。

「ああっ！」

ボトボトと手のお椀から水が溢れて足元に落ち始めたところで、ドレスに水がかからないようにするためか後ろにパッと跳ねるように後ろに下がった。水が溢れるのも止まった。掌をじっと見つめていたリネリア嬢がパッと顔を上げて目を輝かせた。

「こういう感じね！……出来たかも！」
「はい。木桶の上とかで練習すると良いと思います。」
「そうね。……的に当てること以外考えていなかったけれど、魔力操作の練習になりそうだわ。」

リネリア嬢がやっと笑顔を見せた。そしてじっと的を見つめてから、的の方に向き直って立ち位置を整え、的に向かって手を突きつけた。

「水よ。流麗なる水の精霊よ。我に力を貸したまえ。……ああっ……！」

バシャっと詠唱の途中で水が飛び出てしまった。小さい木桶で水を振り撒いたみたいな感じに水が飛んで訓練場の地面を湿らせた

「また詠唱の途中で魔法を発してしまったわ。魔力を練りながら詠唱を言うのって、本当に難しい……。」

確かに、僕もあの詠唱を言いながら魔法を放つのは難しいかもしれない。途中で恥ずかしくなっちゃいそうだよね。

「詠唱のこと、僕はよくわからないんですが、詠唱を唱え終わってから魔力を練ったらダメなんですか？」
「ええ！？……考えたことなかったけど……、良いのかしら。ちょっとやってみるわ。」

詠唱の知識がない僕の問いかけを嬢は受け入れてくれたようだ。落ち着く為なのかスゥッと大きく息を吸い込んでから、的に向かってもう一度手を伸ばした。

「水よ。流麗なる水の精霊よ。我に力を貸したまえ。その、先にある、的に雄大なる水を……打ちつけまえ。……えい！」

詠唱を口にしてから一呼吸おいて、ビューっとリネリア嬢の手から水が的に向かって飛んでいった。的の手前で落ちてしまったけれど、今までで一番の飛距離だ。先ほど比べるとかなりの進化だった。リネリア嬢がパアッと笑顔を見せる。

「やったわ！水が飛んだわ！ご覧になられた？あと少しで的に届くわよ！」
「お見事です！」
「飛びましたね！」

兄上も僕もリネリア嬢を褒めた。後ろで騎士の人達とメイドさんとかも拍手をしていた。あの詠唱って、やっぱり効果があるものなのだな。ちょっとびっくり。