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第5話
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「トニー様。あなた方ご一家は本日招待しておりません。お帰り下さいな」
「今日の主役は私だから帰る訳ないだろう? 早く次期公爵家当主として私を紹介してくれよ!」
ミレイユが毅然としてトニー達を追い出そうとするが、トニーは帰るどころか次期公爵として紹介してくれと要求する。
「私は次期公爵家当主としてルシアの名を呼びましたわ。ルシアがステージに登場しようとしたところであなた方が乱入してきたのです。それに、あなたには公爵家当主になる資格がございません」
「はぁ? 資格がない? 資格ならあるだろうが。弟がシャンタル公爵家当主だったんだから、弟のものを兄が受け継ぐのは当たり前だろう! バルバラ、私は何もおかしなことを言っていないだろう?」
「ええ。何もおかしなことは言ってない。あなたの主張が正しいわ」
このやり取りに会場内はあちこちで失笑する者がいた。
勿論、失笑の対象はカルマ男爵夫妻である。
まず、ここに招待されている客は全員、前公爵家当主がジゼルであることを知っている。
それにミレイユもトニー達が乱入してくる前の挨拶で前当主がジゼルであることを明言している。
そして、貴族は自分達の血統を大事にする。
だからそれぞれの家の当主は男女問わず直系相続であり、自分の血を引く跡取りを作ることを重要な使命としている。
子がいない場合は自分の兄弟の子など近いところから探し、それもいないなら少しでもその家の血が流れている者がいないか家系図から遡って探し、その者に継がせる。
その家の血が一滴も流れていない者が、当主になるなんて致し方ない事情があるならともかく、今回のように正当な資格を持つ者がいる場合にはそんなことは認められない。
トニーが主張したことは、家の乗っ取り宣言に他ならない。
当然、家の乗っ取りはご法度である。
トニーは弟夫妻の家という極めて近い間柄でありながら当主が誰であったのかもわかっておらず、その上、直系で地位を受け継ぐ資格のある者がいるにもかかわらず、それを押しのけて、弟のものは兄のものという屁理屈でシャンタル公爵家の血が一滴も流れていない自分が次期公爵家当主なのだと主張する勘違い甚だしい大馬鹿者だということが露呈した。
トニーに同意したことで、バルバラも仮にも男爵夫人であるのに、義弟夫妻の家の当主が誰であるのかも把握していないことと貴族の相続が分かっていないことが露呈した。
つまり夫婦揃って、自分達のごく身近の家について当主が誰なのか?という簡単な事柄についても無知であり、自分達は貴族であるのに貴族の相続についてまるで理解していないことが露呈したのである。
「……そう。あなた方の主張は分かりましたわ」
ミレイユはトニーの余りの言い草に呆れ果て、冷えきった眼差しで告げる。
「おっ!! じゃあ……」
トニーが続けようとした発言を遮ってミレイユは続ける。
「あなたがシャンタル公爵家の次期当主であると公的・法的に証明する書類は持っておりますか? それがあれば考えてあげましょう」
「弟が生前私に言っていたんだ! 私にシャンタル公爵家を継いで欲しいと。そんな弟の願いを叶える為にわざわざ来てやったんだ!」
「そうよ! 確かに言っていたわ! 私もその場に一緒にいたから間違いない!」
「その発言の真偽は分かりかねますが、それは私が要求した公的・法的に証明する書類ではございませんでしょう?」
ミレイユは当然、ジゼルの夫であるアレクシスに会ったことがあり、彼がそんなことを言わない人物だったことは知っている。
先程から無茶苦茶な主張をしているトニーと血が繋がっていることが不思議なくらいだ。
ミレイユはこの話も捏造に違いないとは思うが、証拠もなしに断じることは出来ず、話に決着がつかず、堂々巡りになることが目に見えている。
そうであるならば、此方の正当な書類を見せて、現実を分からせるしかない。
貴族は重要なことほど口約束ではなく、書面にて記録が残される。
その書面をもってして自分の権利を主張するのだ。
「だったら、あんたにはあるのか!? そのルシアとかいう小娘があんたが言うところの次期公爵家当主になる公的な証明書とやらが。そんなもんある訳ないだろう!? 公爵家の次期当主なんて小娘には荷が重いから、親切なこの私がなってやろうというんだ。ありがたく思え!」
「勿論ございますわよ? この場でお見せすることも可能ですわ。証明書をここへ」
ミレイユが使用人に命じて証明書を用意させる。
「今日の主役は私だから帰る訳ないだろう? 早く次期公爵家当主として私を紹介してくれよ!」
ミレイユが毅然としてトニー達を追い出そうとするが、トニーは帰るどころか次期公爵として紹介してくれと要求する。
「私は次期公爵家当主としてルシアの名を呼びましたわ。ルシアがステージに登場しようとしたところであなた方が乱入してきたのです。それに、あなたには公爵家当主になる資格がございません」
「はぁ? 資格がない? 資格ならあるだろうが。弟がシャンタル公爵家当主だったんだから、弟のものを兄が受け継ぐのは当たり前だろう! バルバラ、私は何もおかしなことを言っていないだろう?」
「ええ。何もおかしなことは言ってない。あなたの主張が正しいわ」
このやり取りに会場内はあちこちで失笑する者がいた。
勿論、失笑の対象はカルマ男爵夫妻である。
まず、ここに招待されている客は全員、前公爵家当主がジゼルであることを知っている。
それにミレイユもトニー達が乱入してくる前の挨拶で前当主がジゼルであることを明言している。
そして、貴族は自分達の血統を大事にする。
だからそれぞれの家の当主は男女問わず直系相続であり、自分の血を引く跡取りを作ることを重要な使命としている。
子がいない場合は自分の兄弟の子など近いところから探し、それもいないなら少しでもその家の血が流れている者がいないか家系図から遡って探し、その者に継がせる。
その家の血が一滴も流れていない者が、当主になるなんて致し方ない事情があるならともかく、今回のように正当な資格を持つ者がいる場合にはそんなことは認められない。
トニーが主張したことは、家の乗っ取り宣言に他ならない。
当然、家の乗っ取りはご法度である。
トニーは弟夫妻の家という極めて近い間柄でありながら当主が誰であったのかもわかっておらず、その上、直系で地位を受け継ぐ資格のある者がいるにもかかわらず、それを押しのけて、弟のものは兄のものという屁理屈でシャンタル公爵家の血が一滴も流れていない自分が次期公爵家当主なのだと主張する勘違い甚だしい大馬鹿者だということが露呈した。
トニーに同意したことで、バルバラも仮にも男爵夫人であるのに、義弟夫妻の家の当主が誰であるのかも把握していないことと貴族の相続が分かっていないことが露呈した。
つまり夫婦揃って、自分達のごく身近の家について当主が誰なのか?という簡単な事柄についても無知であり、自分達は貴族であるのに貴族の相続についてまるで理解していないことが露呈したのである。
「……そう。あなた方の主張は分かりましたわ」
ミレイユはトニーの余りの言い草に呆れ果て、冷えきった眼差しで告げる。
「おっ!! じゃあ……」
トニーが続けようとした発言を遮ってミレイユは続ける。
「あなたがシャンタル公爵家の次期当主であると公的・法的に証明する書類は持っておりますか? それがあれば考えてあげましょう」
「弟が生前私に言っていたんだ! 私にシャンタル公爵家を継いで欲しいと。そんな弟の願いを叶える為にわざわざ来てやったんだ!」
「そうよ! 確かに言っていたわ! 私もその場に一緒にいたから間違いない!」
「その発言の真偽は分かりかねますが、それは私が要求した公的・法的に証明する書類ではございませんでしょう?」
ミレイユは当然、ジゼルの夫であるアレクシスに会ったことがあり、彼がそんなことを言わない人物だったことは知っている。
先程から無茶苦茶な主張をしているトニーと血が繋がっていることが不思議なくらいだ。
ミレイユはこの話も捏造に違いないとは思うが、証拠もなしに断じることは出来ず、話に決着がつかず、堂々巡りになることが目に見えている。
そうであるならば、此方の正当な書類を見せて、現実を分からせるしかない。
貴族は重要なことほど口約束ではなく、書面にて記録が残される。
その書面をもってして自分の権利を主張するのだ。
「だったら、あんたにはあるのか!? そのルシアとかいう小娘があんたが言うところの次期公爵家当主になる公的な証明書とやらが。そんなもんある訳ないだろう!? 公爵家の次期当主なんて小娘には荷が重いから、親切なこの私がなってやろうというんだ。ありがたく思え!」
「勿論ございますわよ? この場でお見せすることも可能ですわ。証明書をここへ」
ミレイユが使用人に命じて証明書を用意させる。
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