蓮華

鎌目 秋摩

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動きだす刻

第103話 漸進 ~梁瀬 3~

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 今、梁瀬は徳丸とともに反同盟派を先導する兵たちに混じって、庸儀からヘイトの国境沿いに潜んでいる。
 このあたりにまで地下道がはびこっている。
 おかげでわずかに離れた位置に布陣を引いた部隊とも、密に連絡が取り合えた。

「明日もしくは、あさってのうちに上将が戻ると連絡が入りました。それに合わせてハンスさんもこちらへ来られるそうです」

「ハンスさんがこんなところまで? 危険じゃないかなぁ?」

「そこは私どもも全力でカバーをします、と言いたいところですが、さすが上将の身内で、前線まで出なければその身一つは守れるかたです」

「そんなに凄いのか?」

「ええ、若いころには徴兵された時期もあるようですから」

 ヘイトの若者はそう言って笑った。
 そのとおりだとしても、今は一般人だ。
 初めて会ったときのことを考えると、また怪我をさせてしまう可能性だってある。

 ここへ来て梁瀬も多くの大陸の術が掴めてきている。
 元々持っていた泉翔での術に加えて、これまでは使ったことがない本来ならば医療所へかかる傷を、短時間で治せるようにもなった。
 ハンスの村が襲われたときには、感情に任せて火を出してしまったけれど、被害を出さずに使いこなせるはずだ。

 新しく術を覚えていくと言うよりは、梁瀬の頭の引き出しに入っていた術の置き場所が、次々にわかって中身を引っ張り出せるようになった、そんな感じだろうか。
 まるで一度は使ったことがあるように、すんなりと頭の細部で繋がっていく。

 それに、クロムが残してくれた手帳。
 それには事細かに、あらゆる術式が書き込まれていた。
 そのほとんども理解して使えるようになっている。

 梁瀬は式神をフルに使って、穂高と連絡を取り合った。
 急ぎの用があるときには、穂高のほうから送られてくる場合もある。
 明日、あさってのうちにサムが戻るらしいと伝えると、穂高のほうにもジャセンベル側から同じ情報が流されていた。

 同盟三国に比べればゆっくりではあるけれど、確実に一歩ずつ進んでいる。
 そして、やつらが大陸を離れた直後に合わせ、動く準備もできている。

「上将はそのままヘイトへ入られるそうです。こちらのことは、野本さん、笠原さんにお願いしたいと……」

「僕らに?」

「そいつは構わなねぇが……あんたたちはそれでいいのか?」

 梁瀬も徳丸もヘイトに直接の伝手がない以上は、そうなるだろうと思っていた。
 反同盟派が庸儀に奇襲をかける際に、その兵数からヘイトを抑えるまでは手が回らないことも。

 それに元々、ヘイトは同盟に難色を示していた。
 それを考えると正規軍も望んで戦うわけじゃないだろう。
 こちらから仕かけて同志討ちをさせるなど酷だ。

 サムがヘイトへ働きかけることによって、無駄な争いをせずに済ませられるなら、梁瀬はもとより徳丸も前線で動くことを問題には感じていない。
 ヘイトの若者は徳丸の問いかけに、表情を曇らせて言い難そうにモジモジとしている。

「私たちはまったく構いません。むしろ心強くも思っています……けど……その……」

「なにか問題があるの?」

「上将が……兵を動かすだけの簡単なことを、まさかおできにならない、などと言いませんよね? と伝えるようにと……」

 カッと頭に血が上った。
 平静を装おうとしても、最初に話したときのサムの態度と言葉を思い出してしまい、目もとが引きつる。
 それをこの若者に示したところで、なんの意味もないことはわかっている。
 必死に感情を抑え、微笑んで見せた。

「キミたちが納得してくれるなら、僕らは前に出ることは苦じゃないから。任せてくれ、なんて大きなことは言えないけど、期待には応えるつもりでいるよ。ハンスさんのためにも、キミたちのためにもね」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 若者はホッとした様子で頭を下げ、部隊のものたちのところへ駆けていった。
 それにしてもサムには腹が立つ。
 いちいちいうことが癇に障る。
 こんなにも一人の人間を嫌だと思ったことは、そうそうない。

 このときを乗り越えればサムと関わることもなくなるだろう。
 それまでの辛抱だ。
 徳丸に促され、梁瀬は反同盟派の主だった兵たちと話しを煮詰めるため、岩陰の洞穴へと戻った。
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