蓮華

鎌目 秋摩

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大切なもの

第1話 生還 ~徳丸 1~

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 船首に立ち、まだなにも見えない水平線を見つめた。
 蓮華として豊穣の儀を納めるために大陸へ渡ってきたのは、もう十八度目だ。
 馴染みのある船員たちや、ともに行動する蓮華、これまではそのほとんどが梁瀬と一緒だった。

 だからだろうか。海を渡ることに不安を感じたことなどなかったけれど、一人になった今、なにもかもに不安を覚えてしまう。
 果たして無事に泉翔へ戻れるのだろうか?

 南浜で三国を迎え討つ隊員たち、徳丸自身の部隊はもちろん巧の部隊の連中、恐らく後方に回るために分散している梁瀬や岱胡の部隊、それを率いているだろう岱胡はどうしているのか。
 一つ気になると次々に嫌な想像ばかりがよぎってしまう。

「気になりますか? 泉翔のこと」

 不意に背後から声をかけられて驚き、たった今、考えていたことがすべて吹き飛んだ。
 振り返るとサムが徳丸を見上げている。

「あなたは一番の年長者で経験もある……不安な思いなど無縁だと思っていましたが」

「そうだな。自分のことに関してはあんたのいうとおりだと思う」

「事が他者へ及ぶとそうではない。そんなところですか?」

「まぁな」

 曇天の空、吹き抜ける風にはいつからか霧のような雨が混じっている。
 サムはそのまま空を仰ぎ、黙ってしまった。

 目つきのせいか顔がきついし、口を開けば言葉尻に嫌味を込め、やや上からの目線で物事を指示してくる。
 容姿は梁瀬と似ても似つかないのに、時折感じる雰囲気は、どこか似ている気がしてならない。

 梁瀬が蓮華になって初めて話しをしたころは、サムと同じようなところがあった。
 考え方が古いだなんだと言って蓮華の古株や軍部をあおり、梁瀬自身に都合のいいように重い腰を上げさせていたりした。

 多少、言葉の強弱があるだけでやっていたのはサムのそれと一緒だ。
 会ったことはないと言っていたのにやることが似ているとは、やはり血縁だからだろうか?
 これまでの経緯があっても、なんとなくサムを憎めない、そんな気持ちにさえなる。

「泉翔では大抵、私たちが一方的にやられるような形で退却を余儀なくされていましたが――」

 サムは空を見上げたまま言うと、また黙った。
 一方的とまでは言わないが、確かにいつも優位には立っていたと思う。
 それは長く住む自分の土地であり、攻め込んでくる兵数に限りがあったからだ。
 大陸で数日を過ごし、それが身に沁みてわかった。

「今度はいつもと違う事態と認識されているでしょう。ですから多くをいうつもりはありません」

「…………」

 何度か話したときと違い、サムは言葉を選んでいるように見える。
 時折、うつむいたり空を見上げて首をかしげたりしているのを見ていると、やっぱり梁瀬に似て見えた。
 それよりも、こんなふうに徳丸を気遣っている様子なのが妙だ。

「私たちも細心の注意は払うつもりです。失いたくないのは同じですから……ですが、それでも泉翔の犠牲は大きいと、そう思っていていただきたい」

 そう言ってサムは真っすぐに徳丸の目を見つめてきた。
 歳は鴇汰や穂高より下だったと思う。
 それを感じさせないくらい物怖じしない態度と対等な目線、悪いことも隠さずにすべて伝えようという思いに、自分たちよりも遥かにいろいろなことを覚悟しているんだと気づかされる。
 泉翔人は温いだ甘いだと言われるのも最もだ。

「もちろん無傷でいられるとは思っちゃいねぇ。規模が大きい以上はあんたたちの仲間と同様、うちの国のやつらも無事じゃ済まないのは承知している」

「でしたら結構です。これまでのことがあったからと言って、こちらが手を抜いたように思われても困りますから」

 憎まれ口をたたきながら、つと視線を反らしたサムの姿に、不意に麻乃を思い出した。
 後ろめたいことや、隠しておきたいことがあるときは必ずと言っていいほど視線を反らす。
 今、サムもきっと長い間続いた泉翔侵攻への疑問や、それに付随しての引け目や負い目を感じているのだろう。

「……なにか?」
 
 不機嫌そうな表情でそう問われ、徳丸は自分が笑っていることに気づいた。

「いや。手を抜いたなんて思いやしねぇよ。それはこっちも同じことだ。北浜では、きっと梁瀬がうまく立ち回ってくれるさ」

 軽く咳払いをして笑いをかみ殺し、未だなんの影も見えない水平線を振り返った。
 攻め込んでくるから悪いやつ、そういうわけではない。
 みんなそれぞれに事情があった。それだけのことだ。

 どうしようもないやつもいる。
 それでも、その大半は決してその根は悪いやつじゃあないと感じた。
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