蓮華

鎌目 秋摩

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大切なもの

第14話 隠者 ~梁瀬 3~

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 梁瀬はやっと理解した。
 これまでクロムが大陸のあちこちに移り住んでいたのは、その子どもを探していたからだったのだ。
 力の強い土地云々というのは、鴇汰に対しての建前上の話だろう。

「今までの話をきくと、そいつは二人の賢者さまの秘術を使える、ということですよね?」

 サムがクロムにそう聞いた。梁瀬もそれが気になる。
 クロムの話しでは、それぞれに役割があり、使える術も違うというのに、その子どもだけはどちらの術も扱えるというのはおかしな話しだ。

「それに、そいつがその二人の賢者さまのあとを継ぐものなのだとしたら、賢者さまは一人減るのですか?」

「馬鹿者が。そんなわけがなかろう」

「ですが、結果、現時点では他に後継者がいない以上、二人になるじゃあないですか」

 サムの問いかけに渋い表情でハンスが答えると、サムはむきになって突っかっていく。
 梁瀬は多分、サムの疑問に答えられる。

 けれど、それは梁瀬の仕事ではない。
 クロム、あるいはハンスから聞くのが正解だ。
 チラリとクロムを見ると安心しなさいと言うかのようにうなずいた。

「サムくんのいうことは最もだ。けれどそうじゃあない。彼は不当な手段で賢者の秘術を手に入れたに過ぎないんだよ」

「不当な手段、ですか?」

「そう。本来、継ぐべきものはきちんと二人、存在しているからね」

「その相手を、すでに知っていらっしゃるんですか!」

 驚きを隠せなかったのか、サムが大声を出した。
 単に驚いているだけじゃあなくホッとしているようにも見えるし不安そうでもある。
 長く焦がれて待ち続けた存在が、いるとわかった喜びも感じているだろう。

「二人とも当時はやはり幼かった。それに指導するべき相手もいないのでは、大きな力に振り回されて、身を亡ぼすことにもなりかねないと、周囲で相談し合って、彼らの力を封印したんだ」

「恐らくは、ワシらも持て余しただろう。可哀想だとは思ったが、仕方のないことだった」

「今では二人とも、立派な術師に育っている。もう振り回されることなく全うできる、そう判断したからいろいろと教えるんだよ。それになにより自ら封印を解いてしまった」

 教える――。
 クロムはサムを見てから梁瀬に向いた。
 ここに来るまでに梁瀬は確かにクロムから様々なことを教わった。

 それは単に術のことだけではない。
 なにかをするうえでの行動や考えかたにも及んだ。
 だからこそ、今ここにいる。

「まるで引き出しの中身を引っ張り出すようだったろう? 既に一度、その身につけたものだからな」

「……はい」

 もらった手帳に書き記された術式は、見た覚えがなかったのに、何種類かはあっさりと使えた。
 そうでない術も、何度か繰り返すうちに体に染み込むように吸収できた。
 ハンスに問われ、うなずくと、サムがハンスと梁瀬の顔を交互に見つめ、大きな溜息をもらした。

「やっぱり。あなただったんですか……暗示を解く術を手に入れてきたときから、そんな気はしていました。なにか起こるときには巻き込まれるだろうと思っていましたけど、こんな身近に中心を担うものがいれば、それも当然……」

「巻き込まれるだなんて、そんな他人事みたいないいかたしないでよ。サムだって同じ立場なんだから」

「私が? なにを馬鹿なことを……」

 そう言ってサムは鼻で笑った。
 それは初めて会ったときのような嫌味のこもった物言いだ。
 もう慣れたと思っていたけれど、やっぱり腹が立って、思わず苦笑した。

 歳の割に、なかなかの使い手だと感じたのは間違いじゃあなかった。
 今でこそ、まだ梁瀬のほうが上を行く自信はあるけれど、経験を積んで歳を重ねていけば、いずれはどちらが上だと言えないくらい差は埋まるだろう。

 サムもきっと自信はあるだろう癖に、自分は蚊帳の外にいるとどうしてこの状況で思えるのか。
 封印とやらが解けていなくて実感が湧かないんだろうか?
 それでも、クロムの言葉の端々で気づきそうなものだけれど……。
 梁瀬が笑いをもらしたことで、サムはキッと目をむいた。

「なにがおかしいんですか」

「そりゃあ……だって、これだけヒントをもらってとぼけてるんだから、笑うしかないじゃない。それともなに? ハッキリ言われなきゃわからないわけ?」

 梁瀬はクロムとハンスに視線で訴えた。
 もう、ハッキリ言ってやりましょうよ、と。

 その視線を受けた二人は、まんざらでもない表情だ。
 きっと最初からそのつもりだったのだろう。
 うっすらとわかっているとは言え、梁瀬もきちんと聞きたかった。
 面と向かって告げられることで、覚悟が強固になる気がしたからだ。
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