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大切なもの
第17話 隠者 ~サム 2~
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「それから、今度のことでは不測の事態が起こりやすいと思う」
「確かに。これだけ大がかりな戦争で、しかも相手は人数もしれない泉翔の戦士たち。不慣れな土地において、進軍も思うように進まずなにが起こってもおかしくはないでしょうね」
「でも、泉翔は浜から中央までの道は一本だよ。脇道がないわけじゃないけど、進軍においては間違いなく正規ルートを取るでしょ」
「だから泉翔人は温いと言われるんですよ……」
呆れた口調でそう言うと、梁瀬がキッとサムを見返して来た。
指示は梁瀬の言う正規ルートを進むように出しているはずだ。
庸儀が出航する前に盗み見た地図にも、海岸から延びる一本の道に印がついていた。
けれど、実際に進軍をする雑兵が、泉翔の防衛に阻まれ、素直にその道だけを進むとは思えない。
必ず、脇道へ逸れるものたちがいる。
それを説明すると、梁瀬は納得した様子で大きく息をついた。
「そのあたりのことは、泉翔でも十分に注意を払っているようだよ。様々な事態に適切に対応できるよう、準備をしているからね」
「となると、他に問題となるようなことは……」
「……麻乃さんだ」
サムの言葉をさえぎって、梁瀬が沈痛な面持ちで呟いた。
紅い華の存在か。
これも、サムにとっては直接関わりがなかったぶん、やはりどこか他人事のような気がしてしまう。
それでも、泉翔の小島で安部や長谷川、長田の様子を見て、その存在がいかに大切に思われているかは知っている。
「あちらでは安部がその対応をするのでしょう? であれば、そう心配することもないのでは?」
「だからまずいんだよ。最悪の事態が起こらないためにも、僕は鴇汰さんを西浜へ……でもそれがもし、間に合わなかったら……なにも起こらないなんて甘いことは考えていないけど、どちらかにもしものことがあったら全部終わりだ」
机についた梁瀬の手が震えているのに気づいた。
どんなに覚悟をしていても受け入れられないこともある。
サムにとっても、同盟として先に進軍している仲間たちが、例え数が少なかろうが亡くしてしまうのはたまらなく苦しい。
それに、梁瀬がこんなにも気落ちしている姿が、どうにも切なくて見ていられなかった。
「麻乃ちゃんのことにかぎっては、本当に予測がつけがたい。そこで、まずは多くの兵を引かせるためにも、手早く最初の術で暗示を解いてしまいたい」
「わかりました。僕は鴇汰さんをおろしたあと、すぐに浜で準備します」
「その術が中央で力を蓄えている間、数時間の猶予がある。そのあいだに、サムくんはできるだけ多くの兵を浜へ引かせてほしい」
「はい。ジャセンベルとも連携をとって、各浜で速やかに事が運ぶようにします」
「そのあたりの事情は、ワシのほうでも手を尽くしておこう。すべてを補うには、人手はいくらあっても邪魔にはならぬからな」
本当なら、ハンスには後方で動かずにいてほしかった。
事を手早く進めるには、そうも言っていられない。
今回ばかりは、その申し出をありがたく受けることにした。
「それと、ずっと気になっていたんですけど、中央で力を蓄えるっていうのはどう言うことなんですか?」
梁瀬がクロムにそう問いかけた。
クロムは梁瀬とサムを交互に見たあと、ハンスに視線を移してうなずき合った。
「梁瀬くん、泉翔の中央にはなにがある?」
「えっ……中央には城と神殿、それから泉の森が……」
クロムの問いかけに答えた梁瀬は、突然アッと声を上げた。
「神殿……泉の森と巫女さまたちですね!」
「そう。あの泉に力を集め、巫女たちの祈りで力を蓄え、増幅するんだよ」
「でも、それには巫女さまたちの協力が必要ですよね? それってひどく難しいんじゃ……」
「今からなにかをするならね。でも、私はこのときのために以前から長い時間をかけて、準備をして来たんだよ」
「では泉翔からは、その巫女とやらの大きな力を借り受けることが可能なんですね?」
「そう。さっきも話したけれど、この術は強い。それに一定の時間、術師のどんな術も効力が失われてしまう。だからこそ、失敗は許されない」
「術を使えなくなる、と言うことですか。それはどのくらいの時間なんですか?」
「おおよそで六時間。次になにかが起きたときのために、私たちはそのあいだ、十分な休息を取っておく必要もある。いざと言うときになにもできなくなるわけにはいかないだろう?」
二度目はないと言うことか。
それだけ大きな術を使えば、マドルも気づかないはずがない。
一定時間、術を使えないのならば邪魔もできないだろうが、自分たちもなにもできない。
「確かに。これだけ大がかりな戦争で、しかも相手は人数もしれない泉翔の戦士たち。不慣れな土地において、進軍も思うように進まずなにが起こってもおかしくはないでしょうね」
「でも、泉翔は浜から中央までの道は一本だよ。脇道がないわけじゃないけど、進軍においては間違いなく正規ルートを取るでしょ」
「だから泉翔人は温いと言われるんですよ……」
呆れた口調でそう言うと、梁瀬がキッとサムを見返して来た。
指示は梁瀬の言う正規ルートを進むように出しているはずだ。
庸儀が出航する前に盗み見た地図にも、海岸から延びる一本の道に印がついていた。
けれど、実際に進軍をする雑兵が、泉翔の防衛に阻まれ、素直にその道だけを進むとは思えない。
必ず、脇道へ逸れるものたちがいる。
それを説明すると、梁瀬は納得した様子で大きく息をついた。
「そのあたりのことは、泉翔でも十分に注意を払っているようだよ。様々な事態に適切に対応できるよう、準備をしているからね」
「となると、他に問題となるようなことは……」
「……麻乃さんだ」
サムの言葉をさえぎって、梁瀬が沈痛な面持ちで呟いた。
紅い華の存在か。
これも、サムにとっては直接関わりがなかったぶん、やはりどこか他人事のような気がしてしまう。
それでも、泉翔の小島で安部や長谷川、長田の様子を見て、その存在がいかに大切に思われているかは知っている。
「あちらでは安部がその対応をするのでしょう? であれば、そう心配することもないのでは?」
「だからまずいんだよ。最悪の事態が起こらないためにも、僕は鴇汰さんを西浜へ……でもそれがもし、間に合わなかったら……なにも起こらないなんて甘いことは考えていないけど、どちらかにもしものことがあったら全部終わりだ」
机についた梁瀬の手が震えているのに気づいた。
どんなに覚悟をしていても受け入れられないこともある。
サムにとっても、同盟として先に進軍している仲間たちが、例え数が少なかろうが亡くしてしまうのはたまらなく苦しい。
それに、梁瀬がこんなにも気落ちしている姿が、どうにも切なくて見ていられなかった。
「麻乃ちゃんのことにかぎっては、本当に予測がつけがたい。そこで、まずは多くの兵を引かせるためにも、手早く最初の術で暗示を解いてしまいたい」
「わかりました。僕は鴇汰さんをおろしたあと、すぐに浜で準備します」
「その術が中央で力を蓄えている間、数時間の猶予がある。そのあいだに、サムくんはできるだけ多くの兵を浜へ引かせてほしい」
「はい。ジャセンベルとも連携をとって、各浜で速やかに事が運ぶようにします」
「そのあたりの事情は、ワシのほうでも手を尽くしておこう。すべてを補うには、人手はいくらあっても邪魔にはならぬからな」
本当なら、ハンスには後方で動かずにいてほしかった。
事を手早く進めるには、そうも言っていられない。
今回ばかりは、その申し出をありがたく受けることにした。
「それと、ずっと気になっていたんですけど、中央で力を蓄えるっていうのはどう言うことなんですか?」
梁瀬がクロムにそう問いかけた。
クロムは梁瀬とサムを交互に見たあと、ハンスに視線を移してうなずき合った。
「梁瀬くん、泉翔の中央にはなにがある?」
「えっ……中央には城と神殿、それから泉の森が……」
クロムの問いかけに答えた梁瀬は、突然アッと声を上げた。
「神殿……泉の森と巫女さまたちですね!」
「そう。あの泉に力を集め、巫女たちの祈りで力を蓄え、増幅するんだよ」
「でも、それには巫女さまたちの協力が必要ですよね? それってひどく難しいんじゃ……」
「今からなにかをするならね。でも、私はこのときのために以前から長い時間をかけて、準備をして来たんだよ」
「では泉翔からは、その巫女とやらの大きな力を借り受けることが可能なんですね?」
「そう。さっきも話したけれど、この術は強い。それに一定の時間、術師のどんな術も効力が失われてしまう。だからこそ、失敗は許されない」
「術を使えなくなる、と言うことですか。それはどのくらいの時間なんですか?」
「おおよそで六時間。次になにかが起きたときのために、私たちはそのあいだ、十分な休息を取っておく必要もある。いざと言うときになにもできなくなるわけにはいかないだろう?」
二度目はないと言うことか。
それだけ大きな術を使えば、マドルも気づかないはずがない。
一定時間、術を使えないのならば邪魔もできないだろうが、自分たちもなにもできない。
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