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第6章 祭りの後
祭りの後(2)
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ある午後、
私はお手伝いさんの、
「島のオバちゃん」と妹と一緒にお手玉をしていた。
本当の名前は鬼田シマさんといったが、
沖にある島出身なのと、
名前のシマからとって、
「島のオバちゃん」と呼んでいた。
祖母が女学生だった頃、
同じ年の彼女が家で女中さんをしていたというから、
もう七十代半ばだった。
二十歳でお嫁に行ってからは、
自分の子供を育てたり、
畑を耕したり、
よその家でお手伝いさんをしていたらしい。
最後の働き先として我が家を選んだのだった。
彼女は母がお気に入りだった。
母が祖母にきつい事を言われ、
落ち込んでいると、
若奥さん、
そんなぐじぐじすることないんですよ、
奥様は今でこそ、
あんなふうに気取っていらっしゃるけど、
女学校の頃のお裁縫の宿題は、
ほとんど私がやったんですから、
と母を慰める。
島のオバちゃんは、
ちりめんのはぎれに小豆を入れた俵型の、
お手玉を十何個も作ってくれた。
私が子供の頃よくやった遊びよ、
と手取り、
足取り遊び方を教えてくれる。
家遊びが好きだった私はよく習って、
大分うまかった。
その日も途中までは調子よくお手玉をしていたのだけれど、
ふと手元が狂って、
一つのお手玉が金魚ばちに落ちた。
しぶきが跳ね上がり、
デメキンが水の中で右往左往している。
お手玉はビニールの水草が植わった、
白い石の上に座っていた。
急に小虎の顔が思い浮かんだ。
私は、
ねえ小虎兄ちゃんはいつ元気になるの?
と島のオバちゃんのスモックをひっぱった。
オバちゃんは最初は、
何で小虎君のことをオバちゃんが知っているでしょう?
ねえさとみちゃん!
とのらりくらり、
妹の頬をつついていたが、
私がしつこく問いただすと、
そんなことオバちゃんは知りませんよ!
お母さんか二郎さんにお聞きなさい!
と顔を蒼白にし
体を震わせて、
怒ったような顔をした。
いつも優しい彼女の厳しい顔を見て、
私は急に胸にこみ上げるものを感じた。
折りしも母と二郎叔父が、
外出から帰ってきた声がした。
私は、
廊下を駆けて母と叔父に向かって、
小虎兄ちゃんいつ元気になるの!
また小虎兄ちゃんと遊びたいよ!
ママも叔父さんもそのうち!
そのうち!
いっつもそればっかりで、
ちっとも小虎兄ちゃんに会えないじゃないか!
と母と叔父に飛びかかった。
母がそのうちね!
そのうちよ!
と目を潤ませながらうわ言のように繰り返す。
二郎叔父が、
そんなことより、
お土産買ってきたよ!
とお菓子の包みを取り出す。
オバちゃんが、
猫と兎の指人形を両手に嵌めてスグル君、
私達と遊びましょう!
と私の前で手をゆらゆらさせる。
僕、
赤ちゃんじゃないよ!
とオバちゃんを睨むと、
足でくいを打ち込むように、
フローリングの床を踏みならした。
妹が泣き出した。
オバちゃんが妹を抱き上げた。
二郎叔父が冷たい表情で、
何も言わず部屋を出た。
車の音がするので外を見ると、
二郎叔父の車が門から出て行った。
妹の泣き叫ぶ声が私の胸をえぐった。
惨めな思いで母とオバちゃんに謝ろうとした。
母は茫然自失したように、
じゅうたんに膝をつき、
空気のぬけた風船のように座り込んだ。
オバちゃんは妹に、
よいこよいこ、
とあやしながら膝を伸ばしたり曲げたりしている。
私に背中を向けて、
あんなに大声だして怖いお兄ちゃんね、
とぼそっとつぶやいた。
私は飛び降り自殺でもする気分で、
庭に出た。
竹馬にまたがり、
敷石の上を、
ぴょんぴょんと渡った。
ずっと前に高い所から地面にうちつけられて、
今でも惰性ではね続ける毬になった気分だった。
竹馬が暴れだして、
自分が小虎のように水に落ちる妄想が広がった。
門の前にタクシーが止まって余所行きの着物の祖母が降りた。
祖母の後姿が玄関に消えた後、
少しして、
母の呼ぶ声がした。
居間に戻ると、
甘いシナモンの香りがただよい、
テーブルにはケーキの箱が置かれている。
花柄の皿とフォークも重ねて置かれていた。
妹はオバちゃんの腕の中で笑っていた。
オバちゃんが妹を子供用の椅子に腰掛けさせると、母と二人で、ケーキを取り出し、紅茶をいれた。皆で、おやつの時間となった。
二時間程すると、
自動車の音がまたする。
二郎叔父がプラスティックの籠を下げて帰ってきた。
籠をあけるとチワワの赤ちゃんが、
頼りなげな様子で這い出てくる。
イチゴの乗ったケーキのおかげで大分回復していた
私の心がさらに輝きだした。
私はその後、
半年間、
小虎のことを言い出さなかった。
私はお手伝いさんの、
「島のオバちゃん」と妹と一緒にお手玉をしていた。
本当の名前は鬼田シマさんといったが、
沖にある島出身なのと、
名前のシマからとって、
「島のオバちゃん」と呼んでいた。
祖母が女学生だった頃、
同じ年の彼女が家で女中さんをしていたというから、
もう七十代半ばだった。
二十歳でお嫁に行ってからは、
自分の子供を育てたり、
畑を耕したり、
よその家でお手伝いさんをしていたらしい。
最後の働き先として我が家を選んだのだった。
彼女は母がお気に入りだった。
母が祖母にきつい事を言われ、
落ち込んでいると、
若奥さん、
そんなぐじぐじすることないんですよ、
奥様は今でこそ、
あんなふうに気取っていらっしゃるけど、
女学校の頃のお裁縫の宿題は、
ほとんど私がやったんですから、
と母を慰める。
島のオバちゃんは、
ちりめんのはぎれに小豆を入れた俵型の、
お手玉を十何個も作ってくれた。
私が子供の頃よくやった遊びよ、
と手取り、
足取り遊び方を教えてくれる。
家遊びが好きだった私はよく習って、
大分うまかった。
その日も途中までは調子よくお手玉をしていたのだけれど、
ふと手元が狂って、
一つのお手玉が金魚ばちに落ちた。
しぶきが跳ね上がり、
デメキンが水の中で右往左往している。
お手玉はビニールの水草が植わった、
白い石の上に座っていた。
急に小虎の顔が思い浮かんだ。
私は、
ねえ小虎兄ちゃんはいつ元気になるの?
と島のオバちゃんのスモックをひっぱった。
オバちゃんは最初は、
何で小虎君のことをオバちゃんが知っているでしょう?
ねえさとみちゃん!
とのらりくらり、
妹の頬をつついていたが、
私がしつこく問いただすと、
そんなことオバちゃんは知りませんよ!
お母さんか二郎さんにお聞きなさい!
と顔を蒼白にし
体を震わせて、
怒ったような顔をした。
いつも優しい彼女の厳しい顔を見て、
私は急に胸にこみ上げるものを感じた。
折りしも母と二郎叔父が、
外出から帰ってきた声がした。
私は、
廊下を駆けて母と叔父に向かって、
小虎兄ちゃんいつ元気になるの!
また小虎兄ちゃんと遊びたいよ!
ママも叔父さんもそのうち!
そのうち!
いっつもそればっかりで、
ちっとも小虎兄ちゃんに会えないじゃないか!
と母と叔父に飛びかかった。
母がそのうちね!
そのうちよ!
と目を潤ませながらうわ言のように繰り返す。
二郎叔父が、
そんなことより、
お土産買ってきたよ!
とお菓子の包みを取り出す。
オバちゃんが、
猫と兎の指人形を両手に嵌めてスグル君、
私達と遊びましょう!
と私の前で手をゆらゆらさせる。
僕、
赤ちゃんじゃないよ!
とオバちゃんを睨むと、
足でくいを打ち込むように、
フローリングの床を踏みならした。
妹が泣き出した。
オバちゃんが妹を抱き上げた。
二郎叔父が冷たい表情で、
何も言わず部屋を出た。
車の音がするので外を見ると、
二郎叔父の車が門から出て行った。
妹の泣き叫ぶ声が私の胸をえぐった。
惨めな思いで母とオバちゃんに謝ろうとした。
母は茫然自失したように、
じゅうたんに膝をつき、
空気のぬけた風船のように座り込んだ。
オバちゃんは妹に、
よいこよいこ、
とあやしながら膝を伸ばしたり曲げたりしている。
私に背中を向けて、
あんなに大声だして怖いお兄ちゃんね、
とぼそっとつぶやいた。
私は飛び降り自殺でもする気分で、
庭に出た。
竹馬にまたがり、
敷石の上を、
ぴょんぴょんと渡った。
ずっと前に高い所から地面にうちつけられて、
今でも惰性ではね続ける毬になった気分だった。
竹馬が暴れだして、
自分が小虎のように水に落ちる妄想が広がった。
門の前にタクシーが止まって余所行きの着物の祖母が降りた。
祖母の後姿が玄関に消えた後、
少しして、
母の呼ぶ声がした。
居間に戻ると、
甘いシナモンの香りがただよい、
テーブルにはケーキの箱が置かれている。
花柄の皿とフォークも重ねて置かれていた。
妹はオバちゃんの腕の中で笑っていた。
オバちゃんが妹を子供用の椅子に腰掛けさせると、母と二人で、ケーキを取り出し、紅茶をいれた。皆で、おやつの時間となった。
二時間程すると、
自動車の音がまたする。
二郎叔父がプラスティックの籠を下げて帰ってきた。
籠をあけるとチワワの赤ちゃんが、
頼りなげな様子で這い出てくる。
イチゴの乗ったケーキのおかげで大分回復していた
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私はその後、
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