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第3部 ヒロイン編入
5: 哀しい変化
しおりを挟む学園生活に大きな問題は起きてはいない。ヒロイン、タリ・クレセントの巻き起こす不快な騒動はあっても概ねいたって平和だ。
エンヤルトの様子がおかしくなったことを除いて。
馬車を飛び降りてどこかへ走り去ったかと思えば、その後案じる側近たちの元へと戻ってきたエンヤルトはあれほど嫌悪していたタリ・クレセントと行動を共にしだした。
「シロエ、お姉ちゃんたちと食べたい~」
楽しかったひと時が苦痛だとシロエが呻くのも無理はない。
大人数でわいわいと会話に花を咲かせていたというのに、ここ最近はシロエ、シェンルウ、ジンセルとその側近だけだ。
《紅蓮》の二人は主から離れられず、エンヤルトの近くで苦虫をかみつぶしたよう顔で不味そうに食事をしているし、クロエ、キルカナ、ミカルカは、妙な言いがかりを受けないようにとのジンセルの勧めで専科校舎の中庭で過ごすようになっている。
「お姉ちゃんのこと本当に嫌いになっちゃったのかな……?」
食堂の専科エリアで昼食を共にするエンヤルトとタリ・クレセントをじっとりと見つめながら、シロエは首を傾げる。
「う~ん、あの態度、なんかまるで兄様みたいで…気持ち悪い」
どこからみても貴公子然と振る舞うエンヤルトは気味が悪いの一言だった。
何気ない弟シェンルウの言葉にジンセルの気配が寒々しくなった。
「──シェンは私を気持ち悪いといいたいのか…」
「え? ち、違います! だってあれ、エンヤルト様ですよ? あの人があんな貴公子面してるなんて気持ち悪いでしょう! 兄様みたいに普段からああなら問題ないです」
威嚇を秘めた低い声に動揺するシェンルウの主張に、憮然としたジンセルはともかくシロエたち《蒼嵐》勢も黙って頷く。
「確かに変です。クロエ様に興味もなくなったような態度といい……」
「リュウルも思っていたか。確かに過保護大魔王がクロエ嬢に近づかないのは妙だ。それに、あの娘に纏わりつかれても自由にさせるなどと……おかしい」
ばったり出くわしても無言で通り過ぎ、名も呼ばない。今までならば登校すれば真っ先にクロエのもとへ突撃していたのに、それもなくなっている。代わりに放課後をタリ・クレセントと街で過ごしているようで、噂になっていた。
「クロエ嬢はシロエの姉上だからね。何かあれば助力したい。その為に誰かが彼らの様子を観察する必要はあるがそれは私だけで問題はない。……どうしても辛いならクロエ嬢と合流しても構わないよ」
出来るならエンヤルトなど放置したい──本音を洩らすジンセルに、《蒼嵐》の面々は盛大に頷くのだった。
◇◇
寮の自室でクロエはぼんやりと思いに耽る。
(ヒロインは伴侶を選ぶ……)
ゲームのヒロインは、攻略対象から唯一の伴侶を選ぶ。
ヒロインの属する大陸では伴侶と呼ばれるが、こちらの大陸では番と呼ばれている。
番あるいは伴侶と、夫婦は異なる。
互いに魂が引き合い唯一の相手と認め特別な絆で結ばれる──それが番。寿命を同じくするとか、生涯不変な愛を保つとか、話には様々聞く。
食うや食わずの過酷な生活環境の昔は珍しいことではなかった番も、安定した生活環境となった今では滅多にお目にかからない、物語のようなものだ。
残念ながらクロエの身近にも見たことはない。仲の良い両親ですら、一般的な夫婦であっても番ではない。だから実際に番を得られた者がどれだけの幸福を感じるのか検討もつかない。
ただ、満たされた生涯を送れると聞くから、もしエンヤルトにそんな相手が現れたのならばクロエにとって喜ぶべきことなのだ。
(互いに番だと認め合ったのかもしれない……)
急にクロエとよそよそしくなったかと思えば、突然にタリ・クレセントと親密になったエンヤルト。
二人の姿を思い浮かべ、思う。
そうとしか考えられないほど、エンヤルトは変わった。
(……わたくしが身を引けば何事も起こらない)
番と出会ってしまったのならば婚約破棄ではなく婚約の白紙となるだけだ。ゲームでは悪役令嬢とされていたけれど、今のクロエを断罪する必要はない。エンヤルトとは幼いころからの信頼関係があり、それは揺らがない。
(婚約者として用済みになるだけで、断罪は起きないはず……)
婚約を解消するだけで、終わる。そうすればもう誰も傷つく未来はない。
わかっているのに、胸が苦しい。
(エンヤルト様のお気持ちを確認しなければならないわね……)
時間を貰い、番なのかを確認し、必要な手続きをするだけで終わる。友人たちに気を遣わせている現状が心苦しいから、早く動かねばならない。
(なのにどうしてこんなにも寂しいのかしら)
女子寮に毎回許可をとるのが面倒だと例によって勝手に設置された転移陣。それが使われなくなってもう随分とたつ。言葉を交わさなくなってからと同じだけの期間だ。
(これも撤去してもらおう……)
考えるたびに重い何かが胸を圧迫して、結局クロエは動けないまま毎夜ぐるぐると悩む。
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