鬼人の令嬢と王子の、前途多難な日々

猫丸

文字の大きさ
33 / 40
第3部 ヒロイン編入

5: 哀しい変化

しおりを挟む

 学園生活に大きな問題は起きてはいない。ヒロイン、タリ・クレセントの巻き起こす不快な騒動はあっても概ねいたって平和だ。
 エンヤルトの様子がおかしくなったことを除いて。

 馬車を飛び降りてどこかへ走り去ったかと思えば、その後案じる側近たちの元へと戻ってきたエンヤルトはあれほど嫌悪していたタリ・クレセントと行動を共にしだした。


「シロエ、お姉ちゃんたちと食べたい~」
 楽しかったひと時が苦痛だとシロエが呻くのも無理はない。
 大人数でわいわいと会話に花を咲かせていたというのに、ここ最近はシロエ、シェンルウ、ジンセルとその側近だけだ。
 《紅蓮》の二人は主から離れられず、エンヤルトの近くで苦虫をかみつぶしたよう顔で不味そうに食事をしているし、クロエ、キルカナ、ミカルカは、妙な言いがかりを受けないようにとのジンセルの勧めで専科校舎の中庭で過ごすようになっている。

「お姉ちゃんのこと本当に嫌いになっちゃったのかな……?」
 食堂の専科エリアで昼食を共にするエンヤルトとタリ・クレセントをじっとりと見つめながら、シロエは首を傾げる。
「う~ん、あの態度、なんかまるで兄様みたいで…気持ち悪い」
 どこからみても貴公子然と振る舞うエンヤルトは気味が悪いの一言だった。
 何気ない弟シェンルウの言葉にジンセルの気配が寒々しくなった。
「──シェンは私を気持ち悪いといいたいのか…」
「え? ち、違います! だってあれ、エンヤルト様ですよ? あの人があんな貴公子面してるなんて気持ち悪いでしょう! 兄様みたいに普段からなら問題ないです」
 威嚇を秘めた低い声に動揺するシェンルウの主張に、憮然としたジンセルはともかくシロエたち《蒼嵐》勢も黙って頷く。
「確かに変です。クロエ様に興味もなくなったような態度といい……」
「リュウルも思っていたか。確かに過保護大魔王がクロエ嬢に近づかないのは妙だ。それに、あの娘に纏わりつかれても自由にさせるなどと……おかしい」
 ばったり出くわしても無言で通り過ぎ、名も呼ばない。今までならば登校すれば真っ先にクロエのもとへ突撃していたのに、それもなくなっている。代わりに放課後をタリ・クレセントと街で過ごしているようで、噂になっていた。
「クロエ嬢はシロエの姉上だからね。何かあれば助力したい。その為に誰かが彼らの様子を観察する必要はあるがそれは私だけで問題はない。……どうしても辛いならクロエ嬢と合流しても構わないよ」
 出来るならエンヤルトなど放置したい──本音を洩らすジンセルに、《蒼嵐》の面々は盛大に頷くのだった。
 

◇◇

 寮の自室でクロエはぼんやりと思いに耽る。

(ヒロインは伴侶を選ぶ……)

 ゲームのヒロインは、攻略対象から唯一の伴侶を選ぶ。
 ヒロインの属する大陸では伴侶と呼ばれるが、こちらの大陸では番と呼ばれている。

 番あるいは伴侶と、夫婦は異なる。
 互いに魂が引き合い唯一の相手と認め特別な絆で結ばれる──それが番。寿命を同じくするとか、生涯不変な愛を保つとか、話には様々聞く。
 食うや食わずの過酷な生活環境の昔は珍しいことではなかった番も、安定した生活環境となった今では滅多にお目にかからない、物語のようなものだ。
 残念ながらクロエの身近にも見たことはない。仲の良い両親ですら、一般的な夫婦であっても番ではない。だから実際に番を得られた者がどれだけの幸福を感じるのか検討もつかない。
 ただ、満たされた生涯を送れると聞くから、もしエンヤルトにそんな相手が現れたのならばクロエにとって喜ぶべきことなのだ。

(互いに番だと認め合ったのかもしれない……)
 
 急にクロエとよそよそしくなったかと思えば、突然にタリ・クレセントと親密になったエンヤルト。
 二人の姿を思い浮かべ、思う。
 そうとしか考えられないほど、エンヤルトは変わった。
 
(……わたくしが身を引けば何事も起こらない)

 番と出会ってしまったのならば婚約破棄ではなく婚約の白紙となるだけだ。ゲームでは悪役令嬢とされていたけれど、今のクロエを断罪する必要はない。エンヤルトとは幼いころからの信頼関係があり、それは揺らがない。

(婚約者として用済みになるだけで、断罪は起きないはず……)

 婚約を解消するだけで、終わる。そうすればもう誰も傷つく未来はない。
 わかっているのに、胸が苦しい。

(エンヤルト様のお気持ちを確認しなければならないわね……)
 
 時間を貰い、番なのかを確認し、必要な手続きをするだけで終わる。友人たちに気を遣わせている現状が心苦しいから、早く動かねばならない。

(なのにどうしてこんなにも寂しいのかしら)

 女子寮に毎回許可をとるのが面倒だと例によって勝手に設置された転移陣。それが使われなくなってもう随分とたつ。言葉を交わさなくなってからと同じだけの期間だ。

(これも撤去してもらおう……)
 
 考えるたびに重い何かが胸を圧迫して、結局クロエは動けないまま毎夜ぐるぐると悩む。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした

玖坂
ファンタジー
気がつけば、乙女ゲームの“悪役令嬢”ポジションに転生してました。 しかも婚約者は、誰もがドン引きする“ブサイクで嫌われ者の王子様” だけど――あれ? この王子、見た目はともかく中身は、想像以上に優しすぎる……!? 国一番の美少女に転生した令嬢と、誰にも愛されなかった王子が、少しずつ成長していく物語。

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

処理中です...