婚約破棄から恋をする

猫丸

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ことの終わりは始まりとなれ!(本編)

act.10 王子の断罪・中

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※長文です。


 同じ日、もう一つの舞台に観客と役者が王宮小広間に集められていた。
 国王と第一王子ロイド、五公爵家の他に、婚約者の定まっていない娘を持つ貴族の当主たちだ。王都に滞在している者はすべて出席しており、領地に戻っている者には後日文が届くという。誰もが第三王子の件だと思っていた。婚約者探しが難航しているからだった。
 だが、それにしては何故か対象外の第一王子と五公爵家までいることが、彼らにそこはかとない不安を与えていた。

「突然の召集ですまない。今日は諸君らに伝えるべきことが幾つかあり、集まって貰った」 
 王の目線に頷き、宰相カルトナー公爵が告げた内容に一同愕然となった。
「第一王子ロイド殿下とマリオン公爵令嬢の婚約は十四歳の時に破棄されている。この婚約破棄の責はロイド殿下に非があるとし、マリオン公爵令嬢に対する一切の中傷を王命として禁ずる。また、婚約者を演じ続けてくれたマリオン公爵令嬢に王家が多大な感謝を表する--」
 宰相が話終えるのと同じくして、
一部の貴族を除いたほぼ全員が、脊髄反射のように五公爵家の集まるテーブルへと視線をやり、当事者のマリオン公爵の席が空いていることに恐怖の表情を浮かべる。
「婚約破棄の理由は、私が恋をしたからだ。十三歳のころに出逢った、子爵と平民の間に生まれた少女へ」
 --!?
 子爵令嬢のために五公爵の中で古参の、マリオン公爵家の令嬢を捨てたのか--そして今、この場で宣言する意味は何だというのか。まさかその少女を王太子妃にと云うのか。
 貴族たちは混乱の極みにいた。
 この数年、彼らはロイドを高く評価をしてきた。またまだ若い粗さはあれど仕事ぶりも人品も王太子としての今後を楽しみにしていた。
 
「ど、どこの…どこ…令……嬢か……」
 誰とは判別できないほど震えの雑じる呻きに、
「私がお連れしたよ」 
 マリオン公爵の冷徹な声が応えた。

◇◇

私がお迎えしたくてね。殿下にご無理を申し、この、なご令嬢のエスコートを代わらせて頂いた」
 国王、ロイド、貴族らに一礼し、マリオン公爵は子爵令嬢に誰も同席者のいないテーブルを示した。
「ではご令嬢はそちらの席へ」
「え、ギリアム様のお隣では駄目なんですか。わたし、さっきまでしていて不安なんです」
「君と離れるのは残念だが、私は他の四公と同じ席につかねばならないのだよ?」
「ひとりぼっちの席では嫌です。さみしいからギリアム様、ご一緒ください」
「困ったご令嬢だね、君は」 
 両手で既婚者の男の手を掴み瞳を潤ませる少女を、大人の抱擁力で対処するマリオン公爵は、この上ない紳士な態度を崩してはいない。そのことが何よりも怖いのであり、国王ですら引き攣っている。
 彼らの様子に嘆息し、空気を凍らせる二人に免疫がついてしまったロイドは、マリオン公爵にしがみつくピュリナを引き剥がした。
「学園で告げたことを忘れたの?」 
 怒鳴りつけないよう気を配るあまり地を這う声になってしまったが、びくっと肩を震わせたピュリナはおとなしく席についた。
「……ロイド、婚約破棄の理由となった令嬢では、その--」
「ピュリナ・マリア・アンジェです、王様っ」
 また何か勘違いを始めたピュリナは、王を遮り頬を赤らめて叫ぶように名乗りを上げた。
「なんと可憐! マリオン公爵令嬢をにしてお選びになったご令嬢か!」
 空気を読まないもう一人の人物コリンズ侯爵が嬉しげに声を上げる。国王を遮る不敬は、筆舌に尽くしがたい不敬であった。
「いや~、凛とした気高き公爵令嬢とはまた違った趣の令嬢だ。これはなるほど、ご息女のであってもがエスコートしたがるわけですな、皆々方!」
「…………」
 振るな!と沈黙しか返らずとも、マリオン公爵を悔しがらせる昏い愉悦にコリンズ侯爵は酔っているようにロイドには見える。おそらく皆にもそう映っていた。
「……しかし子爵令嬢を正妃にはちと難しいでしょう。そうだ、私の娘を正妃とし、ピュリナ嬢は側妃になっていただくのはどうかな。なあ、ダットン伯爵」
公爵令嬢に代わって正妃になれるのはコリンズ侯爵令嬢だけでしょう。それでは、子爵では箔が付かないでしょうから、私の養女としてお迎えしよう。なあ、アンジェ子爵?」
「それはアンジェ家も助かります」
 時折マリオン公爵を嘲る響きを滲ませて勝手な妄想を公言する三人は、国王と五公爵家の面々がロイドへ頷いて見せたことに気づきもしない有り様だ。
 --高笑いの代償は高いよ?

「コリンズ侯爵、ダットン伯爵、アンジェ子爵、それには及ばないよ」
 
 三人を含めたすべての者が、笑いを含んだロイドの言葉に緊張を纏う。集中する眼差しにロイドは不思議に冷静だった。
「--私は生涯ラナエラ・サラ・マリオン令嬢だけを望む。……婚約破棄をした私が資格を持たないことは承知している。それでも、仮に私が王太子となり王位を継承したとしても、子も妃も、持たぬ。今の私がここに立っていられるのは、ラナエラ嬢の存在があるからだ。幸い弟が二人もいる。私の後は彼らの子を据えれば良い」
 周囲は今、静けさの中にあった。
「な、じゃ、なんでわたし…」
 話が違うと言いたげだ。
 ロイドは、目の前で未だに現実をできないピュリナを、かつて仄かな恋心を抱いたに重なる過去の自分に、決別を宣告する。
「お前こそが私のだからだよ。……歪んでいることもわからないお前を、無邪気で天真爛漫だと勘違いしたの証明だからだ」
 目を瞑り沈黙するロイドに、貴族たちは理解し始めていた。
 我々は決めねばならないのだ--と。
 ゆっくりと息を吐き、ロイドは強い意志に光り輝く瞳で貴族たちひとりひとりを映していく。
「コリンズ侯爵、ダットン伯爵、アンジェ子爵は何か勘違いをしているようだが……。この話を皆にしたのは、として立太子の儀を行う資格があるか否かを諸君らに判断してほしいからだ。そして私が相応しくないと結論が出たならば、私は諸君らの考えを尊重しよう。弟のどちらかが王太子となるならば、第三王子にも早急に婚約者を探さねばならない。その為に諸君らはにいる!」
 
 己の愚かさの証を皆に突きつけて、「国の行く末を託すに価するのかの審判をお前たちに委ねる」と、第一王子が云ったのだ。
 
 国王は感情を窺わせない。
 五公爵家は泰然自若を保つ。
 罪を曝け出した王子は真摯に裁きを待っている。
 にいる、それが伴う重さに応えねばならない、貴族の誇りにかけて逃げてはならない。
 貴族たちの表情が引きしまっていく。
「立太子の儀を楽しみにしております、ロイド殿下」 
 ひとりが席を立ち、礼をとった。
「伴侶はともかく、貴方には王太子となっていただく」
 次々に声が挙がる。
 先刻までとは違う流れが完全に出来上がっていた。

「--では、そろそろ交代いたしましょうか、殿下」

 コリンズ侯爵、ダットン伯爵、アンジェ子爵親子を、五公爵家の面々が冷ややかに見据えていた。








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